環境を見ているだけではよくならない、行動しなければ、という意見は多いだろう。
そのようにして呼びかけられる行動よりも、内発的な行動を重視したい。
自分の目で見、自分の耳で聞く、自らの五感での環境認識に基づいた対環境行動を重視したい。
いくつかの例を挙げる。
その1
昭和40年代都市中小河川の汚濁はひどかった。下水の普及率が10%にも満たない中で都市はスプロール化し、生活排水が河川に流れ込んでいた。河川調査で採水するとその水は生下水に近い性状だった。BODで50-60、DOはパンクというありさま。橋の上で私たちが調査をしている脇を通る市民は見てみない振りをしていた。親子連れは子供が関心を示さないように足早で通り過ぎた。川が汚いだけでなく、それに関わる仕事自体も汚いかのように。こんな時代川には自転車やふとんなどあらゆるごみが捨てられていた。
下水が普及した後では、河川水もきれいになり、BODは一桁になり、川には鯉や水鳥の姿が見えるようになった。橋の上で採水をしていると、「何かいますか」と声をかける市民が増えた。川に油が浮いていると役所に通報が入る。渇水になると鯉がかわいそうだから救って欲しい。大雨で増水すると水鳥がかわいそうだからなんとかして、と電話が入る。
汚いと目をそむけ、きれいになると注視する。
その2
河川が汚れていた時代、河川に面した住宅に住んでいることは恥だった。玄関やテラスは川とは反対側の道に面して作られ、河川の側はブロック塀になっていた。
きれいになった後に建てられた家は川の側に大きなテラス窓が設けられ、見通しのよい垣根になった。
その3
川が汚れていた時代、川岸にネットフェンスがありその外側には植栽が施され車道あるいは歩道になっていた。歩く者からは川面が見えない、見なくて済む。
川がきれいになると。はじめはアルミの角柱フェンス、その後はステンの丸パイプフェンスに変わった。植栽はない。歩く者から川面が見える。川面の見通しは丸パイプの方が優れている。
河川管理者は、どうぞ見てください、と言っているよう。
その4
川が汚かった時代、橋は渡るという機能さえ果たせればよいとの考えから特徴のない量産品のようなデザインだった。
きれいになってから、親柱ができたり、欄干に特徴を持たせたり、橋詰のスペースがとられたり、橋の上に張り出したバルコニーができたりした。立ち止まって、川面を見る居場所を作った。
これらは皆共通している。汚いから見ない、きれいになったから見る。でも、見ないから汚される、という側面もある。きれいにするのは行政の仕事、市民の側はきれいになった結果を享受する、では行政の手のひらの上で踊らされているに等しい。
見た者がどのように感じ、どのように行動するか、信頼し委ねてよいのではないか。
汚いから隠すのではなく、ありのままを見せる、見るという仕掛けがあってよいだろう。
佐鳴湖の水面を見る仕掛けを考えたい。
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