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環境とのかかわり

2009年10月11日 (日)

静岡県庁の「空港部」のエリート

静岡県庁に勤める知人から「空港部には優秀な人材が集められている」と聞きました。
皆さんの周りに県庁の職員がいらっしゃれば同様の話を聞いているでしょう。
仕事にいろいろなミスがあったり、それを隠蔽したり、不名誉な新聞ネタを数々提供した空港部です。
優秀な人材が集まっているならそのようなことは避けられた筈、とふつーは思います。
元コームインの私には、カラクリが見えました。
そのような職員が優秀と評価されている、組織なのだと。
そんな職員とは、内部の誤りを正そうとしない、上だけ見て仕事をする職員たちです。
庁内各部署からそのような「優秀な」職員を折角空港部に集めたのなら、部を廃止して拡散してしまうより、いつまでも空港部付きにして、空港の行く末と命運を共にしてあげるのがよいでしょう。
静岡県民は、このような県庁を育ててきてしまった、いくばくかの責任を感じましょう。

2009年10月10日 (土)

空港「部」の廃止の次に

静岡県庁の空港部が廃止されると新聞で報じている。
必要なのは「空港部の廃止」ではなく「静岡空港の廃止」ではないか。

私にとって必要のない空港だが、静岡県民にとっても必要ないと思えるし、国民にとっても必要ないだろう。それにもかかわらず維持に赤字が見込まれるそのコストは県民や国民に負担が強いられる。
航空路のネットワークは交通インフラ全体のネットワークと整合が取られてその役割を果たす。採算だけから存在価値が決まるとは思わない。代替交通システムの存在、緊急時の利用など比較して航空路のネットワークの結節点としての空港の必要の有無は論じられるべきだ。
必要な結節点ならば、ネットワークの維持コストとして利用料金に含まれるのは当然引き受けなければならない。個別に検討したら採算が合わない離島の航路など社会的に維持の必要なインフラならば税金という形で全体が負担するということも支持する。
この静岡空港はどう考えてみてもこのような公共性があるとは思えない。
静岡県は新幹線の駅も多く、在来線の鉄道網も整備されている。高速道路をを含む道路網も然り。代替交通インフラは十分に整備されているのだ。県内に片足を置く内外交通を考えた時、他の片足が国内であっても海外であっても、県内の空港を選択しなければならない合理性はない。合理性がないから需要は発生しない。航空会社が路線を設定しない、設定した路線を撤退させようとすることにこそ合理性がある。
市場が必要と認めていない空港を権(県)力が無理矢理維持しようとしている。
そのコストは県民、国民に転嫁されるのだが、そのような県政を選んできたのは静岡県民でもある。
滋賀県民が新幹線の栗東駅は必要ないと嘉田知事を選んだことと比較してみればわかる。別の選択もあり得たのだ。

開港したばかりの静岡空港からJALが路線を撤退させる計画だという。
JALの利用者として歓迎する。
静岡空港を使うことのない私は、JALの便を使う度に、私の支払った航空運賃の中に、静岡離発着の赤字路線維持のコストが含まれていると思うと、これは腹の立つことだ。
かつては急行を駅に停めさせたり、新幹線の駅を作らせたりした政治家が居たらしい。JAL社長の西松さんは静岡県出身ではあるけれど、その彼がJALにとって静岡路線は要らないと判断したのだ。

誰が赤字必然の静岡空港を必要としているのだろう。
静岡県民以外の国民は、県民が必要とするなら、県民空港として維持して、と言うだろう。
おいおい、必要としているのは県民ではなくて、静岡市民ではないのか、と東部や西部の県民は言うだろう。静岡市民空港としてどうぞ、と。このようにあぶりだしていけば、他者を踏み台にして本当に利益を得る者が見えてくるだろう。
その結果誰も出てこなければ、・・・やっぱり必要のない空港だったのだ。

それでも価値はあると思う。その時こそ価値を発信すると考える。
失敗の遺産として。
後世に、選択の失敗にはこのようなコストがかかるのだ、と教え続ける役割を果たせるだろう。
国鉄佐久間線は政治路線として建設が始められたが、撤退する勇気が途中で示された。
その遺構が天竜川の橋脚やプラットホーム予定地などとして残されている。このような「失敗の土木遺産」も失敗を繰り返さないための生きた証人の役割は果たす。
赤字のマイナススパイラルを拡大させずにプラスに転化させるにはちょっとした勇気とアイデアが必要だ。
日本一のローラースケート場、ラジコンレース場として活用することは可能だろう。世界に冠たる模型会社も静岡にはあるので相乗効果もあるだろう。

2009年10月 9日 (金)

早起きのご褒美

昨日は寒露、台風で日の出を楽しむことは出来ませんでした。
しかし、台風一過、今日はこの秋一番の澄んだ朝でした。
富士山がばっちり。
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西岸の東屋からパークタウンサウス越しに見る富士山。
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日が出ました。
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南岸佐鳴湖橋から医療センタ-越しに見る富士山。
山裾の雲海に陽を浴びて、富士山の背が高くなったように感じました。
湖岸を歩いている人たちも、朝から気分がよさそうでした。
夕方風呂屋の壁画の富士山を見て一日の疲れを癒す、という習慣はなくなりつつあります。
朝、富士山を見て一日がはじめられる、これはラッキーなことに違いない。

2009年10月 8日 (木)

環境自治能力をどう考えるか

asahi.comの記事を紹介します。
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生活音トラブル 条例で未然防止 国分寺
2009年10月02日
 子供の足音や楽器音といった日常の生活音をめぐる住民間のトラブルが相次ぐ中、事件などに発展するのを未然に防ごうと、国分寺市は1日、隣人トラブル防止のための条例を制定した。同市によると、「生活音トラブル」を対象にする条例は全国でも珍しいという。12月1日に施行される。(石川幸夫)
 新しい条例は、「生活音等に係る隣人トラブルの防止及び調整に関する条例」。トラブルを長年経験、解決策を求めた市民の陳情がきっかけとなり、1日の市議会で可決された。市は、弁護士や警察などと連携しながらトラブルの防止や調整を図る。
 条例は、日常の生活音をめぐってトラブルとなり、迷惑行為が反復される事例が対象。迷惑行為を受けた人が申し出た場合、市は両者から事情を聴いて事実確認をし、行政としての対応の仕方について第三者である弁護士や警察などから意見を聴く。
 その上で迷惑行為をやめるよう行為者に要請したり、申し出た人に解決への助言をしたりする。それでも迷惑行為が続く場合は、警察や裁判所などに連絡するとしている。
 同市によると、騒音をめぐって寄せられる相談件数は年間20件ほどという。
 条例制定を求め、約820人の署名を集めて06年に陳情したのが市内在住の遠藤茂さん(61)。自宅マンションで、ピアノや風呂の音などをめぐって住民間でトラブルが起きた。管理組合で話し合い、警察にも相談したが解決に至らず、民事訴訟となった。関係修復は現在もできていないという。
 「マンション内でのトラブルは10年以上前から続いてきた。相談すると『隣人同士、お互いさまだから』と当事者間での解決を求められるが、極めて困難だった」とし、条例制定に活路を求めたという。
 この日、遠藤さんは条例が可決されると「うん、うん」と確認するようにうなずいた。「条例制定でトラブルの抑止になるほか、同じような悩みを持つ人が相談しやすくなるはず」と話す。
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記事は好意的なニュースとして報じていますが、私は暗澹たる気持ちで読みました。
私の前職はこのような騒音苦情の処理にエネルギーを割かれていました。
相隣の問題を相隣間で解決できないからといって権力に解決をゆだねる、そのような住民の態度も、それを受け入れる行政の態度も適切だとは思いません。
工場公害とは違って、相隣間のトラブルは対等な住民の間の紛争なのだから、自分の言葉で相手に考えを伝え、相手の言い分も聞く、という態度が必要です。苦情の申立者は、しばしば自分の言葉ではなく、行政、警察、議員、町会役員といった強い者を自分の側に引きつけて、相手方を威圧しようとします。そのような期待に応えるのが親切であるかのように行政は振舞いたがります。
しかし、民事の問題は当事者間で解決されるべきだし、当事者間で解決できなければ、民事の紛争解決の方法(調停や訴訟など)によって解決されるべきです。
本来住民自身の環境自治能力で地域の住みやすさが形成される筈ですが、行政が代わって治めてしまう、警察が治安の問題として手を広げてしまう、それはとても怖いことです。住民自身の環境自治能力を奪ってしまうことになるから。
住民は自ら果たさねばならない責任を果たすべきです。
行政は、行政でなければできない仕事があり、それを果たすべきです。
住民の責務を代行する行政は惰民を育てていることになるのです。
これを親切な行政だと歓迎する住民と行政とは互いにもたれあっているように見えます。
しかし、実際は権力依存症の住民の増大を、権力の側は歓迎しているのかも知れないのです。親切に楽をして、気づいたときには毒が回っている、ということのないように。

2009年10月 6日 (火)

元・同僚たちへの書置き

40年弱勤めた職場を3年前の3月末にサヨナラをして、その後足を一歩も踏み入れていない。
天下りするほどの立場でもなかったし、関連業界に勤めるつもりもなかった。東京からも離れてしまった。
思った以上にきれいに区切りが出来たように思う。
一緒に仕事をした同僚や、学会で交流した仲間に残してきた書置きをUPしておく。
「owatta.pdf」をダウンロード

2009年10月 3日 (土)

コンサートホールの環境

「コンサートホールの環境」と題してホール内の音響の良し悪しを論じようというのではない。ホールの外側に目を、いや耳を向けたい。

先日、中村紘子さんのピアノをアクト中ホールで聞きました。
豪華なショパンでした。
この時の帰りに気づかされたのです。
アクトのホールから出てバスターミナルにつながる地下通路の反響がひどいのです。
大勢の聴衆の興奮が残響して、余韻とはかけ離れた音風景でした。
ホール内で演奏者だけが発する高まりは、演奏後聴衆に引き継がれホワイエ(あるいはロビー)の熱気に転化します。建物の外に出て、その余韻から現実世界に戻る時間と空間は必要です。
古くは、日比谷公会堂も、上野の文化会館も一歩出ればそのような空間が用意されていました。交通騒音は聞こえてくるけれど、緑もあって反射音のないデッドな空間が広がっていました。今、聞いてきた演奏の余韻を反芻し、現実世界に戻る心の準備ができました。
私たちがよく通った池袋の芸術劇場も、池袋西口の飲み屋街の中にありますが、その間には西口広場がありました。(今思えばその広場を通り抜け飲み屋さんでまで、余韻は連続していました。あの長いエスカレーターのホワイエ空間も意味があったかな。芦原先生はそこまで計算していたか。)
アクトの帰り道を思い出してください。ホワイエと呼べるような空間は存在しません。
建物の外に出ると、すぐバスターミナルにつながる地下通路に吸い込まれます。
この地下通路の音響は、今聞いてきた演奏を台無しにするに十分なほどひどいのです。

池袋の西部デパートの地下一階、当然食品売り場です。書店リブロの入った別棟と地下通路でつながっています。食品売り場と文化的な施設とを結ぶこの地下通路は長くはないのですが環境を切り替える結界のデザインがされています。空間がゆがんで通り抜けることを意識させます。天井と壁面は吸音性で反射音が少ない、かつてはかそけき環境音がデザインされてもいました。

制約条件はいろいろあっても、その場にふさわしい環境デザインは可能なのだと思います。放置している施設管理者、放置している利用者、どちらにも気づいて欲しいことです。

2009年5月12日 (火)

エコ講座「静けさって、何だろう」

浜松市西部清掃工場「えこはま」が提供するエコ講座で、湖風マスターが講師を務めます。
私たちは、騒音のない静かな環境を望んでいます。
ところで「静か」ってどういう環境でしょうか。
音がないのが快適な環境でしょうか。
参加者と一緒に「静けさ」を考えます。
要予約TEL:053-440-0150です。参加費300円。
5/28(水)13:00-15:00 西部清掃工場内「えこはま」会議室

2009年3月 6日 (金)

エコ講座案内

湖風の活動から環境保全活動支援の一つをご紹介します。
古橋廣之進記念浜松市総合水泳場(ToBiO)の2/1オープンが広く報じられました。この水泳場は浜松市西部清掃工場とセットで建設されましたが、西部清掃工場内に環境啓発施設「えこはま」が開設され数々の活動が始まっています。「えこはま」の運営はNPO法人エコライフはままつが受託しています。
「えこはま」の活動の内のエコ講座をいくつか受け持ちました。

3月/4月のメニューからご紹介します。
1)音の環境教育
2)サウンド・スケッチ
3)ハイムーンマンガから学ぶ
4)講座の申し込み

1)音の環境教育
開催日: 03月18日(水)    開催時間: 13:00~15:00
開催場所: 浜松市西部清掃工場  えこはま 2F 会議室
参加費: 300円    定員: 20名    対象者: 中学生以上    持ち物: なし
講師: 大野嘉章
知識としてインプットされるのではない、自らの感性でとらえた環境認識を大切にします。ここではサウンドスケープという考え方を基に、音を切り口にした環境認識に注目します。
梵鐘の聴取の調査から得られた知見をまとめる。
私は、私と私の環境である。そしてもし、この環境を救わないなら、私も救えない。
(オルテガ・イ・ガセット)
祇園精舎の鐘の音は・・・どんな音色だったか?
心ここに在らざれば、視れども見えず、聴けども聞こえず・・・「大学」
物を、物たらしめるものは、物にあらざるなり     「荘子」
環境は「ある」のではない、関係を紡ぐことによって、環境に「なる」のだ
イメージできない環境は獲得の対象にならない
眼は、捜し求めているもの以外は見ることができない。捜し求めているものは、もともと心の中にあったものでしかない(アルフォンス・ベルティオン)
観点に先立って対象があるのではなくて、いわば観点が対象を作り出すのだ(ソシュール)
さて、祇園精舎の鐘の音色は?
環境イメージが環境を作る

2)サウンド・スケッチ
開催日: 04月02日(木)    開催時間: 13:00~15:00
開催場所: 西部清掃工場内「えこはま」 2F 会議室
参加費: 300円    定員: 20名    対象者: どなたでも
講師: 大野嘉章
身近な音・風景を通して私たちの環境について考える
音を記録する技術は、アナログのレコードや録音テープから始まり、デジタルのCDや電子媒体へと進化しています。
このような録音技術がなかった時代の音はどのように記述されてきたでしょうか。
「しずかさや いわにしみいる せみのこえ」
「ふるいけや かわずとびこむ みずのおと」
静かさを記述した俳句として有名です。
録音技術に依らずとも、時代を超えて音環境を伝える術はあります。
時間と共に消えてしまう音を私たちはどのように記録してきたでしょうか。
詩歌に詠む、文章で記述する、は広く行われてきました。
自然の音から楽曲が作られることもありました。音環境は五線譜にも記譜されました。
音が聞こえてくるような絵画や写真に出会うということもあるでしょう。
音の地図を描くという方法も試みられています。
視覚に頼りがちな環境表現を聴覚にも広げてとらえてみる。
消えてしまう音を心に留める方法を検討してみます。
多様な音の記述方法を獲得することで、人生に「音のアルバム」を加えることも可能になるでしょう。

3)ハイムーンマンガから学ぶ
開催日: 04月30日(木)    開催時間: 13:00~15:00
開催場所: 西部清掃工場内「えこはま」2F 会議室
参加費: 300円    定員: 30名    対象者: どなたでも
講師: 大野嘉章
高月先生の風刺漫画の解説から楽しく学ぶエコ講座
私たちは環境の危機を論じます。
自らの健康や地域の問題から、政治や経済の問題として広く論じるようになりました。
いつの間にか、環境問題は自分の外側の問題になってはいないでしょうか。
今ある環境は、私たちが選び取ってきた環境、
環境には私たち自身が投影されている、
と考えることはできませんか。
だから、現状を受け入れて諦めろ、と言いたいのではありません。
私たち自身が変わらずに、環境だけ改善しよう、はムシが良過ぎます。
私たち自身が変わることで、環境は変わる、と信じます。
獲得すべき環境にふさわしい私たちの環境観や生活スタイルを考えます。
外からのお説教で変えられるのはイヤ。内発的な気づきを大切にします。
この講座では高月紘さんの環境まんがを参加者と共に読み解きながら進めます。
高月さんは廃棄物処理の研究者・京都大学名誉教授・石川県立大学教授という固い肩書きもお持ちですが、お名前の「高月」に由来してHighMoonのペンネームで楽しい環境まんがを描く漫画家としても知られています。
笑えてしまう。笑った先に自分を発見してドキッとしてしまう。笑われた自分を素直に受け入れられる。こっそり、正してみようという気になる。
サザエさんを大切にしてきた私たちの漫画文化、環境問題でも役立つことでしょう。

4)講座の申し込みは、電話(053-440-0150)、FAX(053-440-5420)
はがき、E-mail(info@ecolifehamamatsu.com)で受け付けます。
〒431-0201 静岡県浜松市西区篠原町26098-1
浜松市西部清掃工場内「えこはま」
全て先着順です。定員に達し次第、募集を締め切ります。

2009年2月 8日 (日)

佐鳴湖水質調査に参加して

佐鳴湖水質調査に参加した。
国交省の新水質指標による調査は6回目とのこと。
私は、昨年も冬の調査に参加した。

今年は、昨年より寒さが厳しくなかったような気がしたが、それでも朝が苦手で、怠け者の私には、参加申し込みしたから行かねばという義務感もあった。
調査票は昨年と変わって書きやすくなっていたように思う。しかし、音に関する設問(自然の音が聞こえるのか人工の音が聞こえるのか)等、ちょと疑問なものもあった。
水質調査に参加して、佐鳴湖の水質をCODでとらえてワーストワンだとかスリーだということも、また、ワースト○の佐鳴湖だけれでもという前置詞をつけて語らなくてもよいのではないかという気持ちをますます強くした。
住まいは佐鳴湖畔なので、毎日佐鳴湖を見ているのだが、最近、佐鳴湖畔を散歩している人が多くなった気がする。新しくできた橋を歩いている人が多い。写真を撮ったり、スケッチしたり、自然観察等、それぞれの楽しみ方をしている人も多い。
身近なところに、こんなによい湖があってよかったという人がもっともっと増えてきたらよいと思う。

(店長)

2009年1月24日 (土)

佐鳴湖は美しい

(2009/01/26 記事更新しました)

佐鳴湖はきれいだ。

役所と研究者が佐鳴湖は汚いと言い張っています。

湖風は、佐鳴湖はきれいだ、と切り返します。

環境は観察者の外側にあるのでしょうか。
観察者の環境観を通してしか、環境は見ることはできない。
環境に何を見たかは、観察者の環境観に依存する。
環境に何を見たかに、観察者の環境観を見ることができる。

佐鳴湖は美しい。

その1
武本はる根個展2/4~2/10
静岡松坂屋
名古屋松坂屋バージョンをご覧になった方も是非。
武本さんからは、新たに佐鳴湖を描いた水彩画を数点加えて出品しますと伺いました。
Takemoto_1
Takemoto_23

その2
水彩画の風景画家
守屋公憲さんの個展を当店にて
7/9~7/20の間、開催します。
佐鳴湖およびその周辺を描いた作品で構成してくださいます。

Moriya01

その3

水彩画の風景画家北村信明さんの個展「佐鳴湖の四季」を当店にて10/15~11/2の間、開催します。(10/25/26は臨時休業します)
S_20090126_

2009年1月 7日 (水)

ごみの分別と意識化

年末年始を東京で10日ほど過ごしました。東京では昨年からゴミの分別方法が変更になり、プラスチックスの大半が従来の可燃ごみ扱いになりました。
呼び方も「可燃ごみ」から「燃やすごみ」に変わりました。
「燃えるごみ」から「燃やすごみ」に変わったというべきでしょうか。
自動詞「燃える」から他動詞「燃やす」に変えたのです。
自然の摂理より、技術による制御が前面に出た。
石原知事の勝ち誇った顔が見える様でもあります。

ごみの分別方法が記された保存用チラシから「正しいごみの出し方」という記述が消えています。私はこの「正しい」という表現が気に入りませんでした。行政が、ある時代に、その時代が到達した処理技術、採用した社会システムを前提にしてごみの分別のルールを定めたに過ぎません。技術が変われば、社会システムが変われば当然ルールも変わります。
採用したシステムが違っていたからでしょう東京とフライブルグでは異なっていました。
東京都は処理技術が変わったということで自ら変えました。
「正しい」という言葉はもっと普遍的な真実に対して使う言葉であるべきです。
分別方法はルールとして時の権力が定めたに過ぎません。権力が自ら定めたことを「正しい」と表現するその不遜さが気に入りません。
さすがにこのルールの変更をした東京都は「正しい」という言葉を使えなくなったのでしょう。
我が浜松市の住民向けチラシでは「正しいごみの出し方」という表示があります。
「朕は国家なり」を超えて「朕は正義なり」という意識が潜在的にあると思います。
石原君が勝ち誇った一方で、正義を主張できなくなった、このことを読み取りました。

ごみの分別を我が身に引きつけて検証します。
永年訓練づけられた習慣のために、従来の可燃ごみ、不燃ごみに分けてしまいます。
今までもラミネートされた紙パックや紙おむつなど迷うものや扱いが変更になるものはありました。しばしば、どちらのごみにするか迷い、原材料の出自やその配合割合などを斟酌して決めていました。しかし、今では迷うものはすべて「燃やすごみ」と言ってよい程です。すなわち、組成や原材料について考える必要がなくなってしまいました。
これは進歩なのでしょうか。
モノがやってきた由来に関心を持たない、行く末に関心を持たない、持たなくするシステムになってしまいます。

台所の水も似たような経緯をたどっています。
水道の蛇口をひねればきれいな水が出る。シンクの排水口に吸い込まれた排水はどこかに行ってきっときれいに処理される、ことだろう。専門家が、多くの場合行政が、見えない前後のシステムを支えている。
かつては勝手のそばに井戸がありそこから水はやってきた。井戸は決して汚してはならない神聖な場所であった。それを日常生活の中で意識していた。洗い物をした後の排水も庭の池を通過して水路から小川に流れていった。おかしな排水が流れれば、何処の家から出たかはたどることができた。
現代の蛇口と排水口の間でしか水が見えない社会とは大きく異なっていた。

話を元に戻すと、ごみも同じことが言えるのではないか。
循環型社会というのならば、その循環が見え易い、意識し易い、見せる、意識させる必要があるのではないか。
利用者に負担を掛けず、利用者は利用者が求める機能だけ享受し、その前後は専門化されたシステムが引き受ける、というのはちょっと違うのではないか。
かつては導入が抑止されていたディスポーザーが新しいキッチンスタイルとしてもてはやされている。まとめてポイ、と通底し助長する。

社会が循環の秩序を低いコストで維持するためには、個人が「まとめてポイ」という易い意識や態度では成り立たない。
社会システムのコストはつまるところその構成員たる個人が支えている。個人が楽をし過ぎればその負担は社会が負う。
その一方で、各家庭ごとに分別の細分化を求めてみてもそれを支える社会システムの負担は再度増大するだろう。分別種別の多さを誇る自治体もあるが、守られないルールはルールが悪いのではなく作った者が悪い。
双方が折り合いのつけられるバランス点があるのだろうと思う。

ごみの分別方法が変わる、東京では居ながらにして変わったが、転居によってそれを経験することもある。個人が分別するという営みと意識化についてはあまり話題にされることがなかったように思う。単身赴任者、転勤族とその子供達、帰国子女を含めて多重スタンダードを生きる、生きざるを得ないケースが増えているのだが。

2008年12月16日 (火)

「日本の音風景を想う」

サウンドスケープに関してもう一本話題提供します。
サウンドスケープ協会のmlから転載の許可を得ました。
--------------
12月27日にヤマハから発売される雑誌
「音遊人(みゅーじん)」(2009年2月号)、
「日本の音、再発見」という特集の中で、
「日本の音風景を想う」というタイトルの鳥越先生の記事が掲載されています。
「自然の音~河童の音風景」「まちの音~音聴き歩きのすすめ」
「家の音~引き戸の音を残す」という切り口から、親しみやすく、
 身近なサウンドスケープについて書いておられます。
--------------
鳥越けい子は芸大の楽理出身で、日本にサウンドスケープを紹介しました。
現在青山学院大学の教授です。

講演会「鐘を測る」

トーンの違う話題を持ち出しますが、前職で関心を持っていたテーマです。
環境行政の中で音はネガティブな騒音として扱われることが多いことはある意味で当然です。国の騒音規制法があり、自治体には騒音を取り締まる条例があります。
しかし、私たちの周りに音が全くなくなったらこれはまたおかしな環境になってしまいます。
かつてレイチェル・カーソンは「沈黙の春」という歴史的な環境啓発の書を出しました。DDTを始めとする農薬などの化学物質の危険性を、鳥達が鳴かなくなった春という出来事を通し訴えた作品です。
ことほど左様に、あるべきところにあるべき音がある、というのが自然なことと気づきたいものです。
地域固有の音は地域の環境資源である、というポジティブな音の聞き方が生れました。
環境庁が「残したい日本の音風景100選」を募集したのもその流れの上にあります。
浜松からは中田島砂丘の鳴き砂が選ばれ、音環境保全全国大会も開催されました。
全国で選ばれた100選の中に鐘がテーマになっている地域が8箇所ほどあります。
それほど日本人は鐘の音(おと、ではなく、ね、です)が大好きです。
ちなみに自然の音では、小川のせせらぎと小鳥のさえずり、が抜きん出ています。
そこで環境行政の中で鐘の音に関わる住民の意識調査がいくつかの自治体で行われ興味深い考察が得られています。
一方で、その音源である鐘の音の物理的調査とその解析はあまりなされていません。
今回鐘の音響的調査に関する講演会をサウンドスケープ協会が企画しました。
発表者はその第一人者大熊恒靖さんです。私が指定討論者として盛り上げる役割を与えられました。
会場は、当然京都です。
除夜の鐘を聞く前に、その物理的特性を勉強するのも一興かと、紹介いたします。
前段が長くてすみません。

「鐘を測る」
◇趣  旨:
鐘の音の文化は、平城の時代から1000年を超える時間と、全国津々浦々の広がりを持って守られてきました。その社会科学的、人文学的側面については多く語られてきていますが、鐘の自然科学的側面について語られることはあまりありません。この例会では、自然
科学的知見の到達点と今後の課題を確認し、鐘の音文化研究に資することを目的とします。
◇日  時:平成20年12月21日(日)
       午後1時~5時
◇会  場:京都文教大学・短大(指月ホール及び鐘楼)
◇プログラム内容:
 内外の鐘の音の実音採取、解析の第一人者である大熊恒靖氏を招き、お話を聞きます。現場に即した内容とするため、構内に鐘楼を持つ、京都文教大学・短大を会場としています。協会員のみならず、鐘の音に関心を持つ市民の参加をお待ちしております。
     午後1時~3時30分(指月ホール)
            話題提供者=大熊恒靖氏(会員,日本古鐘研究会理事,工博)
            演 題    =「鐘の音の収集と解析」(1時間30分)
       討 論    =自由討論と指定討論(指定討論者:大野嘉章氏)(1時間)
       司  会   =土田義郎
       休憩(15分)、その間鐘楼へ移動(1分程度)
 午後3時45分~4時30分(鐘楼)
      鐘の音試聴:講演内容に即して、鐘の音の聞こえに関する試聴実験を行います。
    午後4時30分~5時(指月ホール)
      まとめ
     解散(学内日本庭園の水琴窟の音を味わいます。案内あり)
     午後5時半~7時(懇親会)
◇例会参加費:無料
◇懇親会参加費:3,000~5000円(当日徴収します)
◇ 参加申し込み:下記メールかFAXにて、例会、懇親会別に、参加不参加を明記して、
例会世話の安本義正(京都文教短期大学)までお申し込みください。
          メール:yasumoto@po.kbu.ac.jp
          Fax :0774-25-2438
◇会場への交通:京都文教短期大学までのアクセス
         http://www.kbu.ac.jp/kbjc/access/index.html
         当日は日曜日で通学バスはありません。
 京都駅から、近鉄(普通)あるいは地下鉄にて(所要時間約15分)、向島駅下車徒歩15分、駅前からタクシーワンメータです。
車で来られる方は正門にて駐車場所をお聞きください。正門入ってすぐの所にあります。大学の場所は「京都文教短期大学」のホームページでご確認ください。

2008年11月30日 (日)

最高裁判決を聞いて(その4)

続きです。

行政法の公定力
行政の無謬主義は実態を反映していません。このことは新聞に報じられる数々の出来事からも今や明らかです。行政も誤ることがある、という前提で、その誤りの副作用を大きくしない早目のチェックが社会の安定のために必要です。
行政自身の自浄力を発揮しやすくする仕組み、そのような態度の涵養も必要でしょう。
行政の意思決定に処分性を認め、早めの司法審査を可能にする今回の最高裁判決の考え方は、誤りの暴走を早期に修正させることになります。各段階で争訴の機会を与えることはそれぞれの段階での合意形成を図ることにもなります。
正しい意思決定が、行政だけで行われるのではなく、社会全体で共有することになります。
争いの機会を認めることは、社会を不安定にするのではなく、社会の安定に寄与する、と考えます。

事業は止めるべき
今回の最高裁判決は「訴えの利益」を認めただけです。
事業に違法性があるか否かは審査していないから下級審に差し戻して審査すべきという決定です。
違法判断が確定した訳ではないのだから建前的には事業を止めなくてもよい。市は実際にそのような態度です。しかし、審査対象になる争いを審査せずに突破してきた、そのことを指摘されたのだから、審査結果が出るまでは事業を止めるべきです。
既成事実だけをドンドン作るのは、違法判断が出ても事情判決を期待する素地を作っておこうということかもしれません。事情判決とは、結果として採用されることがあっても、予定されるものではありません。事情判決を狙って事業を進行させるのは違法性の認識のある確信犯的行為であり、それも批判されないのだとしたら議会やメディアの基本的な態度は何も変わっていないことになります。
議会はこの事業にかかる予算を通さない権限を持っています。

失敗に学ぶことはできる
工事を止める。検討の結果事業を中止してもよい。途中まで出来上がってしまった高架の橋脚は合意形成の失敗の土木遺跡として後世に残す。同じ失敗を繰り返さない警告を発し続けるでしょう。
佐久間線は工事に着手した後に事業を止めました。その土木構築物は各所に見ることができます。これらの構築物は失敗しても途中で止める決断が出来た証として意味を発しています。
上島駅周辺で立ち上がっている高架橋の橋脚は失敗の土木遺産として十分活用可能です。失敗を笑う者は、失敗に泣く筈です。
新銀行東京の失敗は跡に形を残せないかもしれない。上島の橋脚や富士山空港は途中で止めても失敗の教訓を形に残すことが出来ます。
中国の偉い人は言った「過ちて改めざるは・・・」

最高裁のメッセージ
何故最高裁はこの訴訟で判例を覆したのか、うがった見方を敢えてしてみましょう。
もう判例を変えたがっていたのに、具体的事案が最高裁まで上がってこなかった。
下級審は最高裁の判例に縛られるから、下級審判決に期待は出来ません。最高裁といえども下級審の判決を左右する指導は出来ません。裁判官の独立を侵してしまいます。
最高裁まで具体的事案が持ち込まれるのを最高裁は首を長くして待っていたことでしょう。
でも、最高裁の判例に従って行政は長い間動いてきた訳で、それを最高裁がひっくり返すのは行政現場に混乱を起こすことは心配したでしょう。言いつけを守って行動した者の梯子を外しその頬を叩くことになるのですから。そこで、最高裁が非難されない事案が上がってくることを期待したでしょう。この事案なら、行政の不手際が際立っている、判例変更の結果事業の進行が止まったとしても社会的影響が少ない、願わくば良くぞ止めてくれたと最高裁が賞賛されるような事例なら好都合です。今回の上島駅周辺土地区画整理事業はその要件を満たしていたのかなぁと思います。
浜松市民にとって必要ない
鉄道事業者も望んではいない
地権者にとってはもちろん迷惑でしかない
国にとっても必要な事業とは思えない
事業計画に違法性がありそうでもある
市の担当者のみが手柄にしたがっただけの事業
必要ではないのに、誰も止められなかった事業
最高裁にとってはこれほど美味しい事例はないと言えるでしょう。
最高裁は、進んでは食べたくない料理を美味なご馳走に変えて、ようやく永年の宿題を果たすことが出来た、のではないかなと思います。
もちろん、これはうがった見方かも知れません。
一面の真理を突いているかも知れません。

最高裁判決を聞いて(その3)

最高裁判決を聞いての私の意見を記しておきます。

大法廷の裁判官15人の全員一致の判断だった
このことにまず注目します。意外なことと受け止めましたが、そこまで熟し切っていた表れだったのだと認識しました。
学説としては既に多数意見になっていたことは周知のとおりです。
学と官の乖離において、無理な論理を押し通す官の側が耐え切れなくなったとも、学があるべき社会認識をリードする役割を果たしたとも言えるでしょう。理は学の側に、力は官の側にありましたが、理が力を抑えた、コントロールできたということを喜ばしく思います。
裁判所の側では、近年の司法改革の一環として、市民の常識と余りに乖離した判例を修復したいという意図の象徴としてこの判例変更はあったのかと推察します。反射的不利益とか、行政法の公定力の論理は余りに都合よく濫用されてきましたから。
このような官の側の論理破綻が遅かれ早かれ来ることは、おそらくは建設省・国土交通省は覚悟していたでしょう。それにもかかわらず自ら治癒することはできず旧判例で自治体を楯に使ってきたのではないかと推察します。国は意外に早く論理を乗り換えてしまう、前線に出ていた自治体は二枚舌を使えずに取り残されてしまう図式を想像します。
学界でも、市民感覚でも当然の判断だと考えるべきなのに、住民と対峙する自治体は金科玉条としてきた旧判例と心中せざるを得ない破目に陥ってしまいました。

原告は何故、訴訟に訴え、三審まで進んだか
私が池袋北地区土地区画整理での運動を経験したからこそ言える、言うべき点があります。
私たちは区画整理事業の事業決定の無効確認訴訟という全く同じ争いを戦いました。旧判例を破ることが出来ず、一審、二審まで闘って敗訴しました。最高裁までは持ち込みませんでした。持ち込めませんでした、が正確です。それを上島の皆さんは突破しました。
この背景を私なりに推察します。
行政の側のかなり乱暴な対応がそもそもあり、住民感情に火を点けた。
住民側の期待に反して、住民側の素直な感情や理屈が意外にも広がらなかった。
行政手続に関わる都市計画審議会や市議会は行政の御用機関化していた。
地域のマスメディアも行政への健全な批判ができなかった。
自治会は行政の下請けと化していた(この点は後日、原告の方から伺った)。
このような事業は必要ない、理不尽なやり方だ、という批判が取り上げられ公正な議論が展開された上で、行政の判断が世論として支持されたのならば、住民側も引き下がったかもしれません。
行政も判例を楯にすることなく、実質的に柔軟な対応をしたかもしれません。
しかし、理不尽な行政がまかり通ったことで、住民側は正義が自らの側にあるという確信をより深めたことでしょう。理屈のためだけでなく、生き方の問題として屈することができない、と考え行動したと私は推察します。
私たちも、不利な最高裁判例があり、下級審はそれに拘束されるということは予め承知した上で訴訟を起こしました。そのときの高揚した覚悟を思い起こすことが出来ます。
行政が横暴であっても、都市計画審議会や市議会が、地域のマスメディアが住民の主張を擁護して支援してくれていたのなら、住民の側として溜飲を下げられ矛を収めることもあったかもしれません。
しかし、行政をチェックすべきこれらの機関がその役割を果たさなかった、その失望感と怒りが住民側の覚悟をより強固にし、最高裁まで持ち込み、判例変更を引き出した、と推察します。

権力の暴走へのチェック
途上国ではしばしば行政が優位で、議会やメディアさえもが権力の側について民意と離れ、その結果軋轢が鬱積し、臨界点まで達したところで爆発するという社会的不安定を示します。健全な批判は、軋轢を鬱積させない、社会の不安定要因を増大させないという視点から重要です。権力をチェックすべき機関が権力におもねて自己規制してしまうと結果的に全体主義的な社会と同様の危険を招きます。
都市計画審議会も市議会もこの判決を前に黙っています。
メディアは「客観的に」判例変更を伝えるのみです。
全く自己反省がない、自己の取ってきた態度への言及がありません。
このことは過去のことではありません。市民・県民は、富士山空港の採算が成り立つとは誰も考えてはおらず、私たちの税金が赤字補填に投入されるのだろうとうわさしている。それにもかかわらず、メディアは行政への批判を避け、ヨイショ記事まで書いている。このことを見ても態度は変わっていない、と思うのです。
新銀行東京の事例と比べてみます。その救済策に対して全国紙はこぞって批判をしました。各紙が世論調査をして都民の過半数が反対していることを明らかにしました。都議会は行政の提案を通したが、メディアは反対した。都民はそのことを確認できました。
東京では健全な批判力を発揮した全国紙の地方版を見てみると、とても歯切れは悪いです。地方紙が大きなシェアを占める地方で、全国紙は地方行政に楯突くリスクは取らないということでしょうか。そうだとすれば、そのような地方軽視が地方での全国紙の存在感をなくしているのだと考えます。

2008年11月23日 (日)

最高裁判決を聞いて(その2)

原告代理人の渡辺昭弁護士から最高裁判決の全文をいただきました。
三つに分けてアップします。
「20080910_hanketsu_01.pdf」をダウンロード
「20080910_hanketsu_02.pdf」をダウンロード
「20080910_hanketsu_03.pdf」をダウンロード

まだ、続きます。

最高裁判決を聞いて(その1)

最高裁判決を身近に感じました。
この判例変更を大きな感慨を持って受け止めました。
私自身の軌跡とも関わるので少し詳しく書きます。

2008/9/10、最高裁は、土地区画整理事業の事業計画決定に関して処分性を認め、訴訟の対象にする、という判決を下した。42年ぶりの判例変更となった。
この判決が出るまでは、事業計画決定は行政内部の決定であり、地権者が争うことが出来ない(訴えの利益を認めない)とされてきた。事業計画決定後は建築制限など様々な土地利用制限が課されるが、これは法律上争うことのできる不利益ではない(反射的不利益)とされてきた。事業が概成した時点でなされる仮換地指定や換地処分を争え、というものだった。
法律的に間違いのないように説明しようとすると、かなり馴染みのない用語を使わなくてはならないし、専門外である私の任ではない。

くだいて言えば
行政の事業は、構想、計画、事業計画、個別の手続、と段階を追って進む
そのプロセスに違法があると判断した住民は、どの段階で争うことが出来るか、という問題であり
従来は、個別の手続は争えるが、その前段階は行政内部の青写真を作る作業のようなものだから、住民からの争いの対象にはならない
とされていた。

その前提として、行政には行政なりの理由があるが、行政は原則として誤らないという前提があり、各段階で住民の争いを認めていたら、効率的な行政が出来ないという認識がある。
しかし、現実的に行政は誤ることがある。誤りは早い段階で正された方が無用なコストを発生させないで済む。
また、争わせないとされた段階では、行政は民意を離れて暴走しやすくなるし、恣意的な行政判断が通りやすくなってしまう。
行政はとかく情報を秘密にしたがる。住民が行政に問い質すと「まだ何も決まっていません」と答え、ある日突然「もう既に決まったことですから」との答えに変わることはしばしばだ。更に決まったことですら争われる心配がない(訴えの利益を認めない)と行政が過剰に保護されれば、住民への説明責任を放棄し、行政のし放題ということは起こりうることだ。現に多くの住民-行政間の紛争はそこに起因し、問題を徒に大きくしている。

アメリカのような訴訟社会になると、訴訟対応コストが異常に大きくなって社会の健全な発展を損なうという懸念もあるだろう。
しかし、日本では余りに訴えの利益が狭く扱われてきた。特に行政訴訟に対して。これはお上にたてつくことは悪という気風に支えられていただろう。
人々の価値観が多様化している、時代の価値観が転換を迫られている、そんな時代を迎える中で、行政の選択も早い段階で議論や争いを回避せず、各段階で合意形成を確認しつつ進めるルートを通った方が結果として安定した行政行為になる筈だ。
最近の司法改革も、争うことは悪いことという日本的な気風から、争いと積極的に向き合いこれを収める術を獲得することで社会の安定に寄与していこうとの意図が読み取れる。
出てしまうと、出るべくして出た最高裁判決とも思えるが、そう言ってしまうと新聞の社説的になってしまう。この明かりを点す作業の意味について考察をしておきたい。このために一連のメモを書く。

私自身がかつてこの訴訟と同じ枠組みの訴訟を闘って、旧最高裁判例に従った一審、二審で敗れたという経験を持っている。特に、昭和50年代の10年間は前住地である東京池袋での区画整理に対する住民運動「池袋北地区の環境を守る会」に精力を投入し、自分の人生の中での一つのエポックとなった出来事だった。
今回の最高裁判決は、浜松市上島駅周辺土地区画整理事業に関してなされた。私はたまたま転居先の浜松でこの判決を聞いたのだから、まさしく江戸の敵を浜松で、となり感慨を深くした訳だ。

以下、続く。

2008年11月 2日 (日)

見えるものは

10/12の書き込みの名言部分の作者がわかりました。
アルフォンス・ベルティオン
1953-1914 フランスの人類学者・犯罪学者
「人は観るものしか見えないし、
観るものはすでに心の中にあるものばかりである。」
レッド・ドラゴン 上 トマス・ハリス/小倉多加志:訳 ハヤカワ文庫
の扉に書かれていました。

中国の「大学」では
心ここにあらざれば、
視れども見えず、
聴けども聞こえず、
・・・
と教えていますね。

心で見えるものが認識の対象になる、ということですね。

2008年10月22日 (水)

環境教育&家庭科教育

10/18 湖風にて環境教育と家庭科教育に関する座談会を持ちました。
東京から研究者を迎え、浜松での実践者に入っていただき、小規模ながら深い議論ができました。

環境の荒廃が心の荒廃を招いているという議論はよくある議論です、が。
環境は私達の外側にあるのだろうか。
獲得すべき環境のビジョンを描けているだろうか。
・・・
環境が素晴らしく、環境観が貧しい、という社会はないだろう。
私たち自身の内面の貧しさが、自らの環境を貧しくしているのかもしれない。
美しい生き方こそが美しい環境を作る基礎と言えるだろう。
そんな思いを確信した会でした。

2008年10月20日 (月)

佐鳴湖畔からのスカイライン

入野の臨江寺さんの丘の上にクレーンが立った。
A工務店が施工している10階建てのマンションの建設工事が始まったのだ。

佐鳴湖北岸に住み、毎朝のように佐鳴湖畔をジョギングしている私には、スカイラインが壊されるという点が最も残念に思う。これは佐鳴湖をお気に入りにしている多くの市民にとって、共通する思いであろう。スカイラインの破壊は結果として気付くということが多いから、未だそれほど多くの市民の風景を傷つけている訳ではないのだろう。

佐鳴湖畔の斜面の森は四季折々の色を成している。そしてその上の広い空は日々の天気を反映してまた色を変える。この両者の境界は天と地との境として永く変わらずに維持されてきた。何世代にもわたって同じ風景を見てきた訳だ。佐鳴湖畔から見たスカイラインは市民共通の財産だと言ってよい。

これがここで急に変わる。一事業者の開発行為によって風景が変わってしまうのだ。
反対運動が起きるのも理解できる。多くののぼり旗には「絶対反対」の文字が踊っていた。
建設が始まってからこれに加えて「購入者にもつぐなってもらいます」と書かれた新たな旗が加わった。
これには違和感がある。
購入者に「風景破壊の責任がある」とは思えない。敵にまわすべき者ではない者を敵にしている。
マンション建設に反対してきた住民の中にも、購入者を敵にまわすような考え方に疑問を持つ人は居るだろう。本当の風景破壊の責任者は誰なのだ。
ディベロッパーが風景破壊者として責任を負うべきか。
ディベロッパーは、このマンションが風景を破壊することは予見できた、この風景が市民共通の財産だという認識も持てた筈ではある。地元のディベロッパーや社会的責任のあるゼネコンだったらその社会的信用と引き換えにしてまでたとえ合法的な開発ではあっても手は出さなかったであろう。でも本社が地元にないディベロッパーなら、売って利益を持ち帰ればその後の意見を気にする必要はない。狙われるべくして狙われた。安くはない筈の土地の購入費用と建設費用を負担して、合法的な建築物を建て、売却して利益を得ることは責められることではない。

根本的には、このような開発を合法とする都市計画の指定であった、それは意図された行為だった。
都市計画の案を作ったのは浜松市役所の都市計画課なのだろう。行政法的にはしかるべく手続きを踏んで都市計画案が定められたに違いない。
都市計画課は、佐鳴湖のスカイラインを壊し、風景を変える都市計画になることを当然のこととして知っていた。(低層住宅街よりも中高層の住宅街にした方が区画整理で投入した公費を早く確実に回収できると考えただろう。)この都市計画決定には都市計画審議会や市議会も関与した筈だし、彼らもこの佐鳴湖からの風景が変わることを知り得る立場にあった。あって、その上で同意したとみるしかない。
直接関与はしていないけれど、地域の景観の価値に関心を持たねばならないプロフェッショナルは居た。静大工学部建築学科や浜松市建築士協会はこの都市計画を座視したのだろうか。
建築士にとってはビジネスチャンスが増えることになるかも知れないが、市民の共有財産である景観を犠牲にして自らの職域の利益を図ったのならば、その職業倫理が問われる。
学としての大学は何をし、何をしなかったのだろう。とここまで書いて、浜松市内に大学は複数あるが建築学科のある大学がないことを知った。市民生活に最も近い学の一つである建築学科がないことは驚きである。建築学科がないからと言って静大工学部がこの都市計画に対して免責される訳ではない。

ということで、この景観破壊に最も責任あるのは市役所の都市計画課。
市の行政が、佐鳴湖の風景をディベロッパーに売り渡した。
それをチェックすべき立場にあるにもかかわらず、その責任を果たさなかった者として、都市計画審議会、浜松市議会、静大工学部、建築士協会、そして地域メディアも。
これらに比べれば、経済原則に則って活動したデベロッパーは当然の活動をしたとさえ言える。
ましてや購入者には何の責任もないだろう。
マンション建設に反対する運動は敵を見誤っている。
購入者を脅かす旗を見て、ディベロッパーは胸をなでおろしたに違いない。
都市計画に関与し、あるいは知り得る立場なのに放置した者たちも。

佐鳴湖西岸のスカイライン

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臨江寺さんの丘の上

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2008年10月12日 (日)

武本はる根油彩展

10/8 名古屋の松坂屋画廊に行ってきました。

~自然への憧憬~ 第2回 武本はる根油彩展

を見てきました。とても満足しました。

武本さんは浜松市富塚町在住の風景画家さんです。佐鳴湖の風景が気に入っていると伺っておりましたので、以前から作品を見たいと思っておりました。

松坂屋のホームページではヨーロッパの風景画25点と案内されていたので私一人で行く用意をしていたのですが、直前にご本人から佐鳴湖を題材にした絵も3点出品されていると伺い、妻と叔母との3人で出かけました。

図録と実物との違いを思い知りました。素晴らしかったです。嬉しいことに佐鳴湖を描いた2枚は既に売約済みの印があった。初日の午後だったのだけれど。

佐鳴湖が美しい。作者の外側にある佐鳴湖が美しいからではなく、佐鳴湖を美しいと感じる作者の感性が美しい作品に仕上げたのではないか。見る者、描く者の内面を投影して作品は描かれるのだから。

「眼は,それが探し求めているもの以外は見ることができない.捜し求めているものは, もともと心のなかにあったものでしかない」という言葉は村上陽一郎著の「近代科学を超えて」という本の扉に書かれていた言葉である。心理学者の言葉の引用だったらしい。

このような考え方をするならば、佐鳴湖を汚いと言い張る行政や研究者はその内にある佐鳴湖が既に汚れているのだ。

ちなみにこの絵画展は10/14まで。名古屋松坂屋南舘画廊です。

2008年1月31日 (木)

佐鳴湖水質調査

1月27日(日)「佐鳴湖ネットワーク会議水質調査班」主催の「佐鳴湖水質調査」に参加した。

前日は、「明日は寒くなりそうだからやめようかな」とも思ったが、「やめたら自己嫌悪に陥るだろう」と自転車で集合場所まで行った。この冬一番くらいの寒さだった。

この調査は、国交省の「新水質管理指標」に基づく、昨年10月に引き続き2回目の調査であった。佐鳴湖は、CODでは全国ワーストワンの水質だが、「周辺の緑や町並みとの調和」等々では評価が高いとのこと。私も佐鳴湖をCODだけで評価するのは実感に合わないと思っていた。湖畔を散歩している人は多いし、街のなかの身近な自然(人工的な部分が多いにしても)という面をもっと評価するべきだと思う。だから「新水質管理指標」による調査はいいと思ったが、調査票の設問には答えにくい点もあり、検討を要すると感じた。

私が参加した班のリーダの人は静岡県庁の人で、佐鳴湖の景観を研究しているとのことだった。湖の周りの緑が薄くなってきており、緑の向こうの建物等が透けて見えるようになってしまったという。今までそういうふうには見なかったがこれからはそういう目で周りを見てみようと思った。私は、湖畔のメタセコイアの冬枯れの様子が好きだが、メタセコイアは外来種であり、議論のあるところだとのこと。釣りをする人の中には、外来種のメタセコイアがいいのなら、外来種であるブラックバスだっていいのではないかという意見もあるとのこと。

2月17日には、佐鳴湖に関わる「研究発表会」があるようなのでこれにも行ってみようと思っている。

(ギャラリ喫茶湖風 店長 記)

2007年12月11日 (火)

環境教育提言への意見

先の提言への私の意見です。

総合司会をされた鳥越けい子さんのサウンドスケープ協会メーリングリストへの書き込みでこのシンポを知ったので、私の感想もこのメーリングリストに書き込んだものです。そのまま引用します。

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大野@浜松です。

昨日の学術会議主催シンポ「環境教育 明日への提言」に参加しました。
関心がある方もいらっしゃると思い、ここに感想を書きます。
総合司会を務めた鳥越さん、お疲れ様でした。
会場の学術会議は初めてでした。講堂は国連の総会の議場見たいでした。こちらは行ったことありませんが

結論的にはちょっとがっかりです。
 1 学校教育の教科として「環境」を位置付け、専門教員を養成すべきである。
 2 教員養成課程において全てに環境教育(自然体験を含む)を義務付けるべきである。
 3 幼児、小、中学生に自然体験を徹底すべきである。
 4 大学、大学院における環境の教育と研究を十分に実体化させるべきである。
 5 これからの教職大学院や現職教員の免許更新においても環境教育履修コースを増強すべきである。
 6 全国の大学に環境教育・ESDセンターを設置し、地域の核とすべきである。
 7 環境教育の多様な場を確保すべきである。
提言7つのうち、最初の6つまでが学校での環境教育の制度化の提言でした。
教員養成系の大学の生き残り活動だと感じました。
日本の学の殿堂の提言としていかがなものでしょう。

国民総体にとって、
10年後20年後を視野に入れて、
学の果たすべき大局的な役割
を考えた提言がなされるものと期待していました。
この点であまりに視野が狭く近視眼的な視点に思え、期待外れでした。

趣旨の冒頭で「環境教育の最も基本である学校教育に力点を置き」と認識が述べられていますが、この認識すら結論が先にあり、結論に整合させた様に感じられます。
環境教育を取り巻く歴史や到達点、展望、担う主体、現状や将来の課題などの総括がなされていません。

初期はNGOが環境教育を担っていました。
公害教育であったり、野外観察活動であったり、いろいろありましたが、新しく出てきた概念の環境教育の専門家と自らを自認していた訳ではないけれど、環境教育の概念に新たな意味づけを得て勇気づけられなした。(「みんなで築くよりよい環境」を求めて 環境庁1988が一つのエポックになりました)
1990年の環境教育学会のスタート時にはこれらのNGOが主役を務めていたと認識しています。東京学芸大学、大阪教育大学の果たした役割は小さくありませんが、まだどこにも環境教育と名のつく講座はなかったのではと記憶しています。結集した多くの大学人も既存の近接分野からの乗り入れでした。ちょうどサウンドスケープ協会が発足したときの大学人の関わりと重ね合わせてみることができます。大学が新分野に軸足を移すにはタイムラグがあります。ある意味では当然ですが。
鳥越さんは、沼田真先生が監修された「環境教育のすすめ」(東海大学出版会1987)に文章を寄せています。この時鳥越さんはまだ大学に籍を置いていませんでしたね。サウンドスケープデザイン研究機構として書いていたと記憶しています(本が手元に出てきません)。1987時点、沼田先生、鳥越さん、環境教育を冠した本、この組み合わせは特筆に価します。

ついでに、私が関係した仕事にも触れさせてください。
1988年に先の環境庁の報告が出ました。
練馬区では、1989-1991の3年間の環境教育啓発事業の中期計画を予算化しました。
「ねりま、水辺の発見'89」では小澤先生に講演をしていただいています。まだ、学芸大の助教授でいらっしゃっいました。その後、中央環境審議会や中央教育審議会の委員、環境教育学会会長を務められましたが、この当時マークされた方は少なかったと記憶しています。
そして1990の「ねりま 人・音・暮らし '90」に続きます。
この時にも鳥越さんは大学人ではなかった、ですね。講師はされていたかも知れませんが。
芸術大学で音楽学を修めた鳥越さんと、工業大学で物理を学んだ(筈?の)私とでは思考も言語も違っていることを実感しました。
どちらも共に出身母体の期待からは外れていたのに、思考や言語が身についていたのは皮肉でした。
研究機構と一緒に展開した練馬の事業は多くの成果を出したと評価されています。その背景として、一般的には距離の離れた学問分野の出会いがあったと私は思っています。
異なる学問分野の出会いはコンフリクトなしにはありえませんが、その先に新たな展開を秘めています。今回の学術会議の提言にはそのような異質の学のぶつかり合いなど感じられず仲良しクラブ的な馴れ合いすら感じます。大学人以外の方の発言の言外のニュアンスにもそれを感じました。

現在、各主体の環境への影響の大きさを考えると企業活動が卓越しているでしょう。20年前、彼らの対環境行動に環境教育がほとんど影響を行使できなかったのを歯がゆく思っていました。しかし、今は違います。彼らは環境戦略なしに企業が存続できないことを承知しています。グローバルな活動をする企業は、主にEUとの関係でそのような戦略をとらざるを得ません。そして下請けなどの関連会社にもその影響は及んでいます。
制度としての環境教育はこの間、子供や、主婦、高齢者など社会とコミットの少ない部分を相手にしていました。持続可能な環境への行動を促すのが環境教育の目的であるならグローバル企業は、制度としての環境教育の外側、敢えて言えば環境行政の外側で、その態度を獲得しつつあります。市場原則がそれを促しているのでしょう。最近の環境白書を読むと、環境行政が企業の動きに追いつこうとしているようには見えます。日本の環境教育議論にはそれが感じられません。子供、学生、教師、研究者という社会との接点の薄いところに視点があるからだと思います。

トヨタと三井物産の社員が環境教育のフィールドを用意している、と紹介していました。
大学人の議論に合わせた素材を紹介したように私には思えます。
本当は、彼らのメインの仕事自体が環境を踏まえた戦略の上に成り立っている、と言いたかったでしょう。それを言わなくても済むレベルの話だった。
優秀な子どもたちは、将来環境教育の研究者になりたい訳ではない。トヨタや三井物産のようなグローバル企業に就職したいでしょう。その企業が環境を踏まえた戦略を持っている。皮肉にも、そのことが何よりの環境教育になりそうです。
私が小学生の頃の教科書には沢山の伝記が載っていました。豊田佐吉、金原明善、和井内貞行、などなど治山治水、新田開発、塩田開発、多くは産業を興した先人が期待される日本人像としてモデルになっていました。環境や生態系への影響を考えると手放しではモデルになりにくいのか最近の教科書からこのような伝記は激減しています。
学校教育の現場からこのような伝記が減っても、企業は優秀な学生を集め、OJTで環境教育をすでに始めていると言えるのではないでしょうか。
学術会議が提言を出すのならば、最も環境影響の大きい活動としての企業活動における環境教育について言及すべきだと考えます。

進士先生は現在ある制度を前提にはしていない、と述べられていました。
学術会議が研究者の利益の代弁者ではなく、
  国民総体にとって、
  10年後20年後を視野に入れて、
  学の果たすべき大局的な役割
をリードして欲しいと思います。

東京への日帰り、後悔はしていません。
私自身久しぶりに環境教育を考えるきっかけになりました。
となりの新美術館でフェルメールを見てきましたし。

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環境教育 明日への提言 資料

学術会議で環境教育をテーマにした公開シンポがありました。
参加してきました。
シンポの案内告知(下段)
当日配布資料(pdf)
私の感想(別記事)
を書きます。

シンポの案内告知
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
日本学術会議 環境学委員会 環境思想・環境教育分科会
公開シンポジウム  日本の環境教育:明日への提言
http://www.jeef.or.jp/tei-gen/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
21世紀に入り、温暖化をはじめとする地球環境問題が深刻になり、
環境教育の役割がますます重要になってきました。本シンポジウムは
こうした状況を踏まえ、我が国における環境教育に関連する
各セクターが集合し、環境教育の今後の方向性を討議し、環境思想・
環境教育分科会が目下検討中の「政府への提言」の必要性・緊急性を
広く社会へ向けてアピールすることを目的とするものです。
…………………………………………………………………………………
【日にち】平成19年12月7日(金)
【時 間】13:00~17:00(受付開始 12:30~)
【参加費】無料
【定 員】300名
【場 所】日本学術会議講堂

【プログラム】
 総合司会:鳥越 けい子
       (環境思想・環境教育分科会幹事/聖心女子大学教授)
 ○13:00~13:10 趣旨説明
        進士 五十八
       (日本学術会議環境学委員長、東京農業大学教授)
  ○13:10~13:40   セッション1:環境教育の展開・現状・課題
  報告者:小澤 紀美子
       (環境思想・環境教育分科会委員長、学芸大学教授)  
  ○13:40~14:10 セッション2:環境教育の本質と条件 
  報告者:鬼頭 秀一
       (環境思想・環境教育分科会委員、東京大学大学院教授)  
  ○14:10~14:40 セッション3:環境教育推進のための政策
  報告者:岡島 成行
       (環境思想・環境教育分科会副委員長、大妻女子大学教授)
  14:40~14:50 休憩
 ○14:50~16:30 ラウンドテーブル  提言:明日へのアクションプラン
   参加団体:日本環境教育学会、日本野外教育学会、こども環境学会、
   日本環境教育フォーラム、持続可能な開発のための教育の10年推進会議、
   行政担当者、企業、その他
   コーディネーター:進士 五十八

【主催】日本学術会議 環境学委員会環境思想・環境教育分科会
【共催】日本環境教育学会、日本野外教育学会、こども環境学会、
     社団法人日本環境教育フォーラム
【協賛】トヨタ自動車株式会社
【お申し込み・詳細】下記URLよりお申し込み下さい。
 http://www.jeef.or.jp/tei-gen/
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当日配布資料(pdf)

「20071207__.pdf」をダウンロード

11MBほどあります。

2007年11月22日 (木)

ハイムーン先生がやってくる

原画展特別企画
ハイムーン先生がやってくる

タイトル:「ゴミ」が見た私たち - スローライフを生きよう –

講師:ハイムーン(漫画家) またの名を 高月紘 (京都大学名誉教授)
パワーポイントを使って、わかりやすいレクチャーをいただきます。
      目の前から消えてなくなって欲しい「ゴミ」
            「ゴミ」の側から「私たち」を見ると
                   私たちの生き方が見える、かな
                         美しい生き方が美しい環境をつくる
日時:12月1日(土) 午後5時30分~午後7時
入場無料:椅子は20席ほどです。超えたら立ち見をお願いします。
上記いずれも
場所:ギャラリー喫茶 湖風(うみかぜ)
中区富塚町1933-1佐鳴湖パークタウンサウス2F
COOP富塚店向い・コナミスポーツ玄関前

2007年11月13日 (火)

ブルーギルについての天皇発言と嘉田知事コメント

11/12asahi.comによれば、琵琶湖のブルーギルに関して天皇が

「ブルーギルは50年近く前、私が米国より持ち帰り、水産庁の研究所に寄贈したものであり、当初、食用魚としての期待が大きく養殖が開始されましたが、今このような結果になったことに心を痛めています」

と発言したと報じている。

同じ記事の中で嘉田知事は

「当時は食糧難でたんぱく質を増やそうという時代で、その後、生物の多様性の重要さが指摘されるようになったのに、科学者として勇気ある発言をしてくださった。お気持ちを真摯(しんし)に受け止め、琵琶湖の再生に向けて働きたい」

と応じている。

外来生物の問題は佐鳴湖湖畔のメタセコイアとヒルガオの一種に関連して議論をしておこうと思っていたがこれは別項に譲る。

私は嘉田知事の指摘として「当時は食糧難でたんぱく質を増やそうという時代」と「生物の多様性の重要さが指摘されるようになった」と時代の価値観を見据えていることに意味があると考える。社会学者としての面目躍如だ。

十和田湖のヒメマス養殖の成功事例は和井内貞行の伝記としてかつては必ず教科書に載っていた。今なら、生態系破壊や富栄養化、透明度の低下を持ち出して批判されるのかもしれない。私の子供の教科書からは消えていた。でもこのヒメマスの養殖の成功によって東北の寒村は貧困から救われ、娘が売られる悲劇が減ったと語られていた筈だ。

生活を豊かにするために良かれとしてした行為が今の価値観では環境破壊になるという事例は枚挙に暇がない。塩田開発、新田開発、森林開発などなど。

私の実務上の経験でも類似事例がある。畜舎の近くまで民家がスプロール化して迫り、悪臭や汚水の苦情が生じる時代になっていた。法規制は後から来た住民の側を実質的に後押しした。畜舎を営む農家からは、「戦後の復興期に首都の人口が急増し、その蛋白源を確保するために畜舎に転業して欲しいと頼まれた始めた。今度はその役所がやめろというのか。」と食って掛かられたことがある。農家の言い分に自分の都合のよいところを強調している面もあるが、役所って確かにそんなところがあるよなぁ、と共感してしまったのものだ。

誘導した部署が責任を負うのではなく、別の部署が法令を押し出して迫る。権力の権力たる所以はこのような時に垣間見られる。このような価値観の衝突・コンフリクトがあった時、権力がどちらにつくかはパラダイムの問題であり、理屈はあとからついてくる。

2007年11月 7日 (水)

水面を見る仕掛け

見ることに行動の力が秘められている。

という訳で、佐鳴湖の水面(みなも、と読んで欲しい。)を見る仕掛けを提案する。

遊歩道が水際から離れて設置されているのを思い切って水面上に視座を置くように変えてはいかがかと言う提案である。

西岸の時計塔のところに水際に近いあずまやがある、佐鳴湖橋、水門の2箇所でも水面が見えるがもっと積極的に水を見させたい。

科学的指標(COD指標)で判断するのではなく五感で環境を判断する。

例1 木道

上高地の大正池の一部に池の上に木道が作られていて、ハイカーが歩けるようになっている。このイメージ。

佐鳴湖東岸のヨシの群落の外側に2重の杭が打たれているがこの上に木道が渡してはいかがか。湖畔のヨシの群落を損なうことなく遊歩道が作れるだろう。

河川管理者としては安全上の問題を心配するかな。

例2 釣り殿

近くは舘山寺のホテル九重に浜名湖内に張り出した釣り殿がある。

2007年11月 5日 (月)

環境を見る力

環境を見ているだけではよくならない、行動しなければ、という意見は多いだろう。

そのようにして呼びかけられる行動よりも、内発的な行動を重視したい。

自分の目で見、自分の耳で聞く、自らの五感での環境認識に基づいた対環境行動を重視したい。

いくつかの例を挙げる。

その1

昭和40年代都市中小河川の汚濁はひどかった。下水の普及率が10%にも満たない中で都市はスプロール化し、生活排水が河川に流れ込んでいた。河川調査で採水するとその水は生下水に近い性状だった。BODで50-60、DOはパンクというありさま。橋の上で私たちが調査をしている脇を通る市民は見てみない振りをしていた。親子連れは子供が関心を示さないように足早で通り過ぎた。川が汚いだけでなく、それに関わる仕事自体も汚いかのように。こんな時代川には自転車やふとんなどあらゆるごみが捨てられていた。

下水が普及した後では、河川水もきれいになり、BODは一桁になり、川には鯉や水鳥の姿が見えるようになった。橋の上で採水をしていると、「何かいますか」と声をかける市民が増えた。川に油が浮いていると役所に通報が入る。渇水になると鯉がかわいそうだから救って欲しい。大雨で増水すると水鳥がかわいそうだからなんとかして、と電話が入る。

汚いと目をそむけ、きれいになると注視する。

その2

河川が汚れていた時代、河川に面した住宅に住んでいることは恥だった。玄関やテラスは川とは反対側の道に面して作られ、河川の側はブロック塀になっていた。

きれいになった後に建てられた家は川の側に大きなテラス窓が設けられ、見通しのよい垣根になった。

その3

川が汚れていた時代、川岸にネットフェンスがありその外側には植栽が施され車道あるいは歩道になっていた。歩く者からは川面が見えない、見なくて済む。

川がきれいになると。はじめはアルミの角柱フェンス、その後はステンの丸パイプフェンスに変わった。植栽はない。歩く者から川面が見える。川面の見通しは丸パイプの方が優れている。

河川管理者は、どうぞ見てください、と言っているよう。

その4

川が汚かった時代、橋は渡るという機能さえ果たせればよいとの考えから特徴のない量産品のようなデザインだった。

きれいになってから、親柱ができたり、欄干に特徴を持たせたり、橋詰のスペースがとられたり、橋の上に張り出したバルコニーができたりした。立ち止まって、川面を見る居場所を作った。

これらは皆共通している。汚いから見ない、きれいになったから見る。でも、見ないから汚される、という側面もある。きれいにするのは行政の仕事、市民の側はきれいになった結果を享受する、では行政の手のひらの上で踊らされているに等しい。

見た者がどのように感じ、どのように行動するか、信頼し委ねてよいのではないか。

汚いから隠すのではなく、ありのままを見せる、見るという仕掛けがあってよいだろう。

佐鳴湖の水面を見る仕掛けを考えたい。

2007年11月 4日 (日)

ボランティア活動

佐鳴湖のヨシ刈りに関連して、ボランティア活動について

そもそもボランティア活動という言葉のイメージは好きではなかった。ちょっとわざとらしい気がしていた。自発的とは言いながら、正しい目標のために人を動員するその世論操作的なところが見え隠れしているような気がした。

この認識を転換したのが暮しの手帖の「ニューヨークセントラルパークのボランティア」という記事だった。(1988年秋 第3世紀 第16号 北沢晴美) 参加者自身のためなんだ、との気づきが記されていた。

この記事に触発されて、前の職場で「石神井公園のボランティア活動」を企画し実施したことがある。市民が、公園のお客さんから、公園の主体に変わる意味を持っていた。それでも、続けるうちに職員の側がボランティアではなく、環境教育担当という組織ができ業務としての義務になっていくに従い継続に負担感を感じたようで結局打ち切ってしまった。

環境教育組織ができれば取り組みが進むとは簡単に言い切れない。

環境教育が目指す内発的な行為と組織の事務分掌とはなかなか重なり合わない。

asahi.comをみていたら、テムズ川の清掃活動に参加した日本人の記事が載っていた。

http://doraku.asahi.com/earth/uruwashi/people/071103.html

ロンドンで生活する我が息子が参加したとの報告はない。

2007年11月 1日 (木)

「ゴミ」の「正しい」出し方?

自治会の役員を引き受けている。
浜松市のまち美化推進課が作成した
わたしの町は今年度「ゴミを正しく出す運動」推進地区となりました
というチラシが配布されてきた。
私はゴミの出し方に「正しい」という言葉を使うことに以前から違和感を持ってきた。
行政が決めたことは正しい、市民はそれに従うことが正しい、と聞こえてしまう。

分別方法に象徴されるゴミの出し方は自治体によってそのルールは異なっている。そのことはそれぞれの自治体がおかれた状況を反映してルールを定めているのだから是認できる。引っ越した当座は戸惑うが。
あくまで、それぞれの自治体が定めたルールに過ぎないのだから、前提条件が変わればそのルールも変わりうる。実際に東京都ではプラスチックの焼却処理に転換しようとしているらしい。
小澤紀美子先生の率いる環境教育研修ツアーでドイツのフライブルグの民家を視察したことがあった。このとき新聞紙と一般の紙ごみを分けていないことに参加者は違和感を持ったが、処理をめぐる諸条件が異なればルールも異なって当然であり正しい誤りという問題ではない、と小澤先生の説明に納得できたのを覚えている。
どのような条件下では、どのようなルールがふさわしいかを議論して決めていく柔軟さが必要だ。このルールを行政だけで決めては、担い手である市民の了解が得られず機能しない。特にルールの変更時にそのことが露呈する。

アメリカの騒音の規制基準を調べた研究者が、連邦の一律の基準はない、州法でもなく、郡でもなく市や町の条例で定められていることが多い、その規制の仕組みも基準もばらばらだったとの報告を聞いたことがある。これは騒音規制の取り組みが遅れていることを意味しない。私たちの町の音環境はこのように維持したい、目標をこのように設定する、という議論があった証ととらえることができる。日本では国の法もあり、都道府県の条例もあるが大半が同じような規定を設けている。同じ学会や学識経験者に諮問して、他の条例と同様の条例を作るからだ。私たちのまちをどうしたいか、という議論から発してルールが作られることはほとんどない。

ゴミを出すというきわめて日常的な行為が、内発的なルールではなく、外側から「正しい」ルールとして訓練づけられるのはちょっと異議ありである。いろいろな選択肢があり、それぞれはどのような利益と負担をもたらすかを説明した上で議論を起こしてルールを定めた方が、結果的に守られるルールになるだろう。

2007年10月29日 (月)

佐鳴湖のヨシ刈り体験

10/28午前、佐鳴湖南岸のヨシ刈り体験に参加してきました。

佐鳴湖ネットワーク会議、静岡県浜松土木事務所が主催した催しです。既に数回行われているようですが、私の参加は初めてです。小学生を含めて100人ほどの参加がありました。

意義:私は嘉田由紀子さんの信奉者です。滋賀県知事になってしまった嘉田さんが琵琶湖研究所の研究員の頃、研究所での研究会に参加したことがあります。琵琶湖の湖岸のヨシは液相中の有機物を固相に移動させる役割を果たしている。有機物の塊なので、周辺の農家は貴重な肥料源としてこれを刈り取り畑の肥料としてた。刈り取らないと枯れて腐り、折角固相に捕獲された有機物が液相に戻ってしまいます。ここまでは自然科学者の眼。農業の担い手が三ちゃん化(ジイチャン、バアチャン、カアチャン)して夏の炎天下での重労働ができなくなり、化学肥料を使わざるを得ない状況になった。その結果ヨシが刈られなくなり、琵琶湖の水質浄化機能が低下した。これは社会学者としての眼。この話を聞いていたので、刈ることの体験をして、その労働の大変さも実感してみようと思いました。

結果:想像以上にハードでした。鎌を使うのも始めての経験で余分な力を使ったと思います。刈ったヨシを束ねて運びましたが意外と重いのです。私は丁度60歳、ジイチャン化を自覚しました。前半45分、休憩を挟んで45分。よい汗をかきました。このようなハードな体験ボランティアに100人もの市民の自発的参加があるというのは驚きです。東京では考えられないでしょう。地方に残る共役的な責任感が後押ししているのかもしれません。

20071028_

刈ったヨシの利用方法ですが、春に刈ったやわらかいヨシは動物園で餌としての利用法が開拓されたようです。この時期のヨシは硬くなっているのでこれは難しいとのこと、茶畑の敷き藁としての活用が試みられているようです。

感想:懲りずに次も参加します。

汚れてもよい服でと言われて、ジョッギング用のフリースで参加したら雑草の種だらけになってしまいました。

2007年10月28日 (日)

高月紘先生の講演

高月紘先生に環境問題・廃棄物問題に関連した講演をいただきます。

仮題:「ゴミ」が見た私達    - スローライフを生きる -

12/1(土)17:30-19:00

ギャラリー喫茶湖風にて

参加無料

椅子は20席あります。それ以降は立ち見となります。

高月先生のプロフィール

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俳夢雲(ハイムーン)   プ ロ フィ ー ル

漫画家。日本漫画家協会会員。子供の頃より漫画を描き始め、60年になる。日本全国をはじめ、イギリスでも個展を開催。 “地球環境を守る漫画家の会”主催の“環境マンガ展”には毎年、風刺漫画を出品している。

学生時代には漫画「あーあ」「空缶」を自費出版。その後「漫画ゴミック廃貴物」(日報出版)、絵本「絵コロジー」(合同出版)などを出版。 それぞれに英語版もある。
2000年にはこれらの功績により、ISWA (国際固形廃棄物協会) より出版賞を受賞。

俳夢雲氏の漫画は、風刺をこめ、シンプルでわかりやすく、誰もが好感を持つ愛らしい絵である。それゆえにその絵はこの上もない教材として、市民グループや自治体、研究者からも多くの依頼があり、漫画やイラスト、本の挿絵、ポスターとして使われている。
さらに、10年ほど前からは漫画を使ってのワークショップも行い、子供達の環境教育にも情熱を燃やしている。
その上、陶器の製作も永年続け、最近では絵と共に展覧会で飾るなど多彩な才能を披露している。

この“環境カレンダー”の原画は市民グループ・日本環境保護国際交流会(JEE)が17年間発行し続けているもので、俳夢雲氏が17年間この原画を描いている。

 なお、俳夢雲(本名・高月紘京都大学名誉教授・工学博士) の副業は、石川県立大学教授 であり、
京エコロジーセンター館長である。
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この企画は、湖風プロジェクトが実施しているギャラリー喫茶湖風での環境カレンダー原画展(11/16-12/3)に併せた企画です。

2007年10月20日 (土)

佐鳴湖よいと湖マップ、あります

佐鳴湖ネットワーク会議が作成した標記のマップを市の環境保全課から分けてもらいました。ありがとうございました。

佐鳴湖に関する情報がよくまとめられています。佐鳴湖の散歩のお供に活用下さい。お分けすることができます。

Web_3

http://www.sanaruko-net.com/yoitoko-map/map-ura.pdf

にpdfでも掲載されています。

2007年10月19日 (金)

なかなか言葉が出ません

東京池袋での60年に見切りをつけて?浜松の佐鳴湖畔へ来て5ヶ月が過ぎました。

東京では環境行政に40年弱従事していたので、その経験から佐鳴湖の環境についても語ることができるだろうと思っていたのですが、言葉を失っています。

毎朝、佐鳴湖の湖畔を1時間ほど散歩しています。心の健康と体の健康に大いに役立っています。湖の水面、周囲の緑、空の雲、毎日いや一刻として同じ姿を見せません。いつも新鮮に環境のすばらしさを享受しています。

でもこの佐鳴湖周辺の環境のすばらしさを表現する自分自身の言葉を持ち合わせていません。木や草の種類、鳥や虫の名、雲の名前を言い分けられません。眼前の環境の自分自身の評価軸を持っていないことに気づかされました。佐鳴湖の自然を理解する図鑑が欲しいとあせる気持ちもあります。しかし、図鑑的な知識に頼る前に、私自身がこの環境に対して評価軸を持っていないという事実を重く受け止めてみようと、散歩を続けています。知らない世界、説明をできない世界を歩いているのは、ちょっと不思議な気分です。

自治体の行政や研究者、霞ヶ関は佐鳴湖を湖沼水質ワーストワンと評価しています。こんなに汚いぞ、とことあるごとに説明しています。一方、毎朝散歩をしている市民は、散歩初心者の私に、佐鳴湖の環境はこんなに素晴らしいと、その人の言葉で語ってくれます。私は今まで前者の側に居た、今は後者の仲間に入ろうとしている。でも私は自分の言葉を獲得していない。

季節、時間、天候などによって変わる環境だが、どれも素晴らしい。富士山の絵が一つで代表できないように、環境は多様でかつ多義的です。渾然とした対象に向き合った時、固有値問題を解く固有ベクトルを見出すことができるだろうか。普遍の地勢的ベクトル、時間変動や天候を変数とするベクトルなどなどで腑分けできるかもしれない。それでも観察者固有のベクトルもあり、異なる見方が並存してもおかしくはない。満天の星空をどのように分節して意味づけるかはそれぞれの民族によって異なり、それはその民族の文化を背景にしている筈だから。

役所が一律にワーストワンを唱え、市民は自分の表現で多様に表現する(写真、絵画、俳句・・・)。

ワーストワンを強調すれば、行政ではその対策のための、事業予算がつく、ポストができる、研究者にとっても注目される研究テーマとして研究費用や評価を得やすいだろう。こんなに素晴らしいぞ、と強調するためにはそれほどの予算もポストも名誉もついては来ない筈だ。ちょっとうがった見かたに過ぎるかも知れないが。

素敵な環境を消化するためには、体内の消化酵素を増殖しなければならないようで、そろそろそのための活動を始めようかと考えています。

自然誌だけでなく、郷土史を含めた文化誌(雑誌ではなく、自然誌と対としての概念があるでしょうか)として環境を理解したいです。

言葉が出ない、という割には言葉過多。下手な俳句には長い説明がついたりするからお許しを。

2007年9月 4日 (火)

清掃活動に参加

9月8日土曜日は、町会主催の段子川の「ゴミ拾いと水質検査」という催しに店長とマスターが共に参加します。

このため、ギャラリー喫茶「湖風」の開店を1時間繰り下げて11時と致します。

2007年8月20日 (月)

東京には空がない、か?

智恵子さんが見たのは少なくとも亡くなった昭和13年以前の東京の空だから、70年も前に東京は空を失っていたことになる。

さて私も、60年東京で過ごした後、浜松に来て3ヶ月余、浜松には空がある、東京にはなかった、と思い至る。

浜松では、道路を歩いていても広い空が見える。郊外は概して低層住宅だ。街の中心部は別として、高層建築物が少なく、あっても道路境界よりかなりセットバックして建てられている。

起伏の多い街なので、坂が多く、下り坂では必然的に開けた空を見ることになる。

毎朝佐鳴湖の畔を散歩する。6時でも日向は暑いので木陰を歩くようにするが、木々の上には広い空を感じることができるし、湖面は夏の雲を映している。入道雲は朝から成長しているのだと知った。

そして住んでいるのが佐鳴湖の北岸のマンション12階。目の前にさえぎるものが何もない。佐鳴湖とその両岸の緑、その上のたっぷりの空。ベランダに出ると上下方向でも90度以上、左右なら180度以上の視野が開けている。立体角で言えばπを超える。

私にとって浜松に空があるのは、このような物理的な条件だけが理由ではない。

散歩する時間や、空を見る気持ちのゆとりができたこと、それを作ったことにも因っているだろう。

池袋に住んでいたときもマンションの9階ではあった。が、ベランダに出れば道路を隔てた向かい側のビルの人と目が合ってしまう。自分のベランダといえどもうろうろしていれば覗きと間違えられかねない。そもそも、街中では外の景色に注意をしてみても、雨が降っているか否か程度しか情報が得られない。緑がなければ窓越しに季節も感じられないし、ビルの谷間では陽の位置から時刻を推し量ることもできない。

外を見る必要がない。窓は採光さえ取れればよしとして、レースのカーテンは引いたままになってしまう。

佐鳴湖を望む部屋の窓には視線をさえぎるためのレースのカーテンは必要がなかった。視線は中から外に向くだけで、外からは一切入ってこない。カーテンは一日中開かれたままになっている。食卓に座れば、テラス窓の向こうに空と湖面と緑がいつも見えている。朝焼けや夕焼け、その時々の雲を映す湖面、陽に映える緑、同じ景色には出会えないくらい多様で多義的な眺めがある。

浜松への移住を機にTVのない生活に戻ったが、部屋からの豊かな眺めはTVの映像より価値があり不自由は感じない。TVを持ち込んでいたら豊かな眺めを見落としていたかも知れない。

ということで、東京にも池袋にも空はあったのかも知れない。それを見ようとする態度、気持ちのゆとり、が無かっただけなのかも。

環境に何を見るかは、その観察者の態度が反映する。

70年前の東京なら物理的な空は十分あっただろう。千恵子さんにとって意味を付与する「空」がなかったのだと推測します。