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文化・芸術

2009年11月13日 (金)

鬼の面、あります

中日新聞11/13朝刊の社会面で「最新技術で鬼の面」記事に報じられた「鬼の面」は当店にてお預かりしており、皆様にご覧いただけます。

展示中のレプリカはこれ。

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阿弥陀堂にしまわれているオリジナルはこれ。
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中日新聞の記事

「最新技術で鬼の面複製 浜松・静岡県浜松市天竜区の芸能「神沢おくない」

http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20091113/CK2009111302000181.html

喫茶店のカウンターを挟んで交わされた会話からこのレプリカは生まれました。

ローランドさんへ最初のラブコール
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田楽面のレプリカ作成について

 

湖風プロジェクト

大野嘉章

天竜区の山村に伝承される田楽舞で使われている田楽面を市民に広く鑑賞されるようレプリカの作成を提案します。

天竜区の山村に伝承される田楽舞(それぞれの地区で「ひょんどり」とか「おくない」とか呼ばれています)は正月の特定の日にそれぞれの村々で村人によって執り行われてきた民間伝承です。山村の就労形態が変わり舞の担い手も少なくなり、既に毎年の行事としては途絶えてしまった地区もあります。使われた面はとても素朴な作りのものですが長い風月に磨かれ気品に満ちた表情をしています。その作り手の技術伝承には不安があります。

現在の浜松の繁栄の基礎は本をただせば天竜川流域の豊富な自然資源に因っています。その天竜で培われた民間伝承芸能を浜松の文化資産として顕彰することは浜松の温故知新として意味のあることと考えます。

然るに、この田楽舞や田楽面に浜松市民が触れる機会が限られています。田楽舞は正月のほぼ同一日に各地区一斉にそれぞれの小さなお堂で夜を徹して執り行われます。外部から参観するのは容易ではありません。各地区の舞を見ようとすれば正月に何年も通わねばなりません。舞が絶えてしまった地区の面は仕舞われたままで、一般の目に触れることはありません。地区によっては舞の時以外は見せない、地区から門外不出ということもあるようです。

田楽面の価値をその担い手だけのものでなく、広く浜松市民共有の価値として周知するためにレプリカの作成を提案します。浜松市立博物館、市内の美術館、市内の中学校などにレプリカが置かれれば、学校教育や社会教育の教材として優れた役割を果たすでしょう。

浜松の企業の先端技術を駆使すると三次元のレプリカが作成出来ることを、ローランドに在籍されていた川辺さんからお聞きしました。

両者の出会いは、浜松の歴史を現代に活かす組み合わせとして、他ではまねの出来ない事例となるでしょう。

この提案のきっかけとなったキーパーソンがいます。

石野重利さんです。天竜区熊の出身で、現在は中区富塚町在住です。ホンダで技術者として勤め上げられたた後に、陶芸や面打ちに精進されています。

出身地の熊の神沢地区のおくないの伝承が途絶えてしまったことを残念に思われ、清流中学の生徒さんを指導してその復活を成功させました。これはメディアでも大きく取り上げられましたし、市、県の社会教育部門からも注目され、文化庁の補助を受けるまでになりました。神沢だけでなく天竜区の田楽の保存に努力されている連絡体もできました。

この盛り上がりを形に残すことができれば、大きなステップとなることと期待します。

参考資料:石野重利資料(CD-ROM)・写真集「天竜川の神人」(北川天)

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レプリカが出来上がりました。その意味付けは

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田楽面のレプリカ作成とその活用について

湖風プロジェクト

大野嘉章

別添の「田楽面の作成について」(2009/07/22)での提案がローランドDGによって受け止められ、レプリカが出来上がりました。(オリジナルとレプリカの写真を添付)

このレプリカ作成の意味を確認し、その活用を図ることにより、浜松が持つ資源としての伝承文化と先端技術を浜松市民の誇りとしたい。

レプリカ作成の意味

関係当事者の立場と想いを知り、この提案をし、経過に関わった私なりの意味づけを再確認しておきます。それぞれの立場によって、まだまだ多くの意味づけがあり得るでしょう。

浜松の過去と現代の出会い

神澤おくないは300年とも500年とも言われる歴史を持つ伝承芸能です。このおくないで使われてきた田楽面を、浜松の企業の先端技術によってこのレプリカが作成されました。両者がこの浜松の地で歴史を超えて出合ったと理解します。この出会いを弾みとして、伝承芸能が今度は未来に向かって蘇る力を得たと考えます。

天竜の上流と下流との出会い

浜松の工業は天竜川の森林資源と電力資源を糧として発展してきました。上流の糧を得て下流で育った工業が上流の文化資源を支援する、そのような相互関係を見出すことが出来ます。

両者は天竜川でつながっています。

一次産業と二次産業との出会い

佐久間地区は豊かな山村として生業と文化を長らく保持してきました。多くの山村に伝承された田楽舞はその一次産業=林業の豊かさに支えられていました。現代においては下流で成長した二次産業=工業に立場が取って代わられている感が否めません。林業の担い手が減り、職を工業に求めざるを得ない現実は、林業に支えられた文化の継承を危うくしています。

今回の試みは、工業の果実が林業の文化伝承に報いる、と理解します。

レプリカ作成の特性

オリジナルに対して非接触でその3次元データを取ることが出来ます。オリジナルを損傷させる恐れがありません。

オリジナルの一部が既に損傷や欠損し手いる場合には、オリジナルの類似部分からの加工によってソフト的に補修・復元することが可能です。

取得した3次元データからは自由に縮小拡大してレプリカを作成できます。

量産が可能です。今回のレプリカ作成には約50時間の作業を要したと聞いています。このレプリカを一次レプリカとして型を取り二次レプリカを量産することは既存技術で十分可能です。

文化財保護における先端技術の活用

文化財保護における先端技術の活用は必然の潮流となっています。

身近な文化財においても積極的に導入・活用されるべきです。

双方の資源に恵まれた浜松であるからこそ、先駆的な取り組みが期待されます。

今回活用された技術は、言わば3次元コピーです。2次元のコピー機が汎用のツールとして普及しているように、いずれは一般的なツールとして普及することが期待されます。

行政での導入と活用がその糸口になって欲しいです。

オリジナル文化財の保存とレプリカの活用

民間に伝承された文化財は公的な関与が出来にくく、評価がなされないまま放置され劣化・損傷・放棄・廃棄されてしまうこともあるでしょう。

レプリカならば、温度、湿度、対紫外線の管理からも自由です。

レプリカを作成しておけばオリジナルの制約を受けずにその活用が可能です。

活用の拡大

レプリカはモノとしてのオリジナルの存在を身近にさせます。

それだけでなく、オリジナルを使うことが出来ないケースでの動態活用を可能にします。

田楽舞はしばしばそれぞれの村の特定の家系で伝承されて保存されてきました。その道具である田楽面も舞いも門外不出ということもありました。かつてはその家伝の伝統が確実な伝承に貢献していましたが、現代においては反転して継承を困難にする原因ともなっています。

今回の関係者の一人である石野さんは、新たな担い手として清竜中学の生徒さん達に手ほどきをして見事にその成果を結実させました。

石野さんはオリジナルの面を中学生に使わせて万一にも損傷させることがあってはならないと考え、自らの面打ちの技術を駆使して生徒活動用の面制作までして指導しています。

レプリカが活用できれば、より容易に田楽舞の復活普及が可能となるでしょう。

市民の共有財産へ

正月の特定の日に、各村々で身内の伝承神事として行われてきた田楽舞いですが、現代においてはその担い手が激減し、伝承を困難にしています。一方、下流側の都市住民にとってこれらの田楽舞は地理的時間的にアクセスは困難で秘儀のように感じられます。

レプリカが博物館、美術館、公民館、学校などに置かれて、市民が身近に鑑賞できるようになることを期待します。

更には、田楽舞いという伝承文化が新たな担い手を得て動態保存され、次世代にも確実に継承されることを期待します。それは責任でもあると考えます。

清竜中学での試みは多くの浜松市民に天竜の山村文化に目を向けるきっかけを作りました。

安く手軽に入手できるようになれば学校教材としていろいろな塗装をしたり、新たな芝居を創ったりと全く別の発展も考えられるでしょう。

神澤おくないを見て育った石野さんは「お面には神様が宿っているので、沢山作って塗り絵のように扱われるのはどうも」とも仰っていました。気持ちはわかりますが、天狗や河童もかつては依り代の意味が強かったでしょうが、戯画化され身近な存在になったからこそ現代まで生き延びることが出来たとも言えるでしょう。このあたりは伝承の担い手や研究者、関係行政だけで決めていくのではなく、より広く市民に課題の一つとして議論していただきたい点でもあります。このような議論を巻き起こせるか否かにより、田楽舞が現代を超えて生き残れるか否かも見えてくると思います。市民の共有財産として価値が付与されなければいずれ消滅してしまう芸能になってしまうのだろうと懸念します。

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このような想いを担ってレプリカは出発を待っています。

報じられたことで、新たな展開が期待されます。

多くの人が読み、話題にしてくれるでしょう。
天竜三河で地域の田楽を伝承する努力をされている方々に元気を与えると期待しています。
彼らにとっても一つのステップにしていただけると嬉しいし、そう期待します。

何かしらの動きが起きた時、市民の側でもこの記事を見ていたことで関連付けて受け止めてくれるでしょう。
遅れた山奥の風習としてではなく、実は浜松の宝なのだと気づき磨かれなおされるきっかけになることを願います。

そうなってくれるかもしれないし、ならないかもしれない。

価値が定まっていない一次情報と共にある。
関与する人々の関わり方如何で、光り方が変わる。
発信者から受け手への一方通行ではない。
関与する者が受信者であることを超え、その行動を促し、次の発信者になる、と期待します。
私自身も幸運な役割は果たせたかなと思いつつ、この情報の行く末にも関心を持って行きたいです。対象と距離を置いて安全な場所から見守るのではなく、対象の中に自分自身を置いてみるスタンスを取りたいです。自己言及的態度と言ってよいかな。
定まった情報に慣れきっている中で、これはとてもドキドキする出来事です。

 

2008年10月12日 (日)

武本はる根油彩展

10/8 名古屋の松坂屋画廊に行ってきました。

~自然への憧憬~ 第2回 武本はる根油彩展

を見てきました。とても満足しました。

武本さんは浜松市富塚町在住の風景画家さんです。佐鳴湖の風景が気に入っていると伺っておりましたので、以前から作品を見たいと思っておりました。

松坂屋のホームページではヨーロッパの風景画25点と案内されていたので私一人で行く用意をしていたのですが、直前にご本人から佐鳴湖を題材にした絵も3点出品されていると伺い、妻と叔母との3人で出かけました。

図録と実物との違いを思い知りました。素晴らしかったです。嬉しいことに佐鳴湖を描いた2枚は既に売約済みの印があった。初日の午後だったのだけれど。

佐鳴湖が美しい。作者の外側にある佐鳴湖が美しいからではなく、佐鳴湖を美しいと感じる作者の感性が美しい作品に仕上げたのではないか。見る者、描く者の内面を投影して作品は描かれるのだから。

「眼は,それが探し求めているもの以外は見ることができない.捜し求めているものは, もともと心のなかにあったものでしかない」という言葉は村上陽一郎著の「近代科学を超えて」という本の扉に書かれていた言葉である。心理学者の言葉の引用だったらしい。

このような考え方をするならば、佐鳴湖を汚いと言い張る行政や研究者はその内にある佐鳴湖が既に汚れているのだ。

ちなみにこの絵画展は10/14まで。名古屋松坂屋南舘画廊です。

2008年5月16日 (金)

神沢おくないの手引、その後

先に、お知らせした石野重利さんの調査報告書

万福寺阿弥陀堂 神沢おくないの手引き

が新たな発展を引き出しています。

文化庁の予算がついて県も市も、その保存に力が入りそうです。政令指定都市になった大浜松市はついつい沿岸部の近代工業に目が行きがちですが、天竜の山奥に受け継がれてきた伝統文化に目が向けられるということには大きな意味があるでしょう。過疎が進み地域文化に誇りを失いがちな地域の誇りを取り戻す契機になるでしょう。

獅子頭を作る石野さんの熱意が拓いた道筋に脱帽です。

そのことを記した最終ページを引用します。ダウンロードファイルも追加修正してあります。

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この『万福寺阿弥陀堂神沢おくないの手引き』は、平成20年度
ふるさと文化再興事業「地域伝統文化伝承事業」の委嘱を受けて「遠
江のひよんどりとおくない連絡協議会」が制作する映像記録の基礎資
料となる。平成21年正月5日の復活に向けて活動を進めていくため
の手引きとして、地元を含め広く活用されたい。
なお、遠江のひよんどりとおくないについては、・.正月3日に行われ
る『寺野のひよんどり』『懐山のおくない』、正月4日に行われる『川
名のひよんどり』がある。あわせて参照されたい。

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「kamisawa_okunai.pdf」をダウンロード