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2012年1月 8日 (日)

駆け込みの年賀状

Bccでお送りしています。
大野嘉章@旧ギャラリー喫茶湖風オーナーです。

新年のご挨拶を申し上げます。
喪中の方にお送りしてしまっていましたらお詫びします。

皆様には、心新たに新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。

私の方は、始まったというより、「終わった」という気分にまだ満たされています。
これからも踏みしめるであろういくつかの「終わった」の下り階段、最初の一つを踏み外さずに降りました。
登りより下りに気をつけねばなりません。最後の「終わった」まで足元に注意をして降りていきます。

年末にギャラリー喫茶湖風を閉めました。
冗長に過ごしてしまったコームイン生活とは違った達成感がありました。
湖風での4年半で何を得たのか、今すべてを総括仕切れません。これからも反芻しながら思い出を味わうことになるでしょう。
今気づいていることを書いて、現時点での報告に替えます。

違う生き方を出来た。
いきなりすべてを捨てることは難しい。長年携わった公害行政・環境行政の知識と経験、これを捨て切れずに浜松に来ました。役所に非常勤で残った訳ではない。関連業界に再就職した訳でもない。非常勤講師にもならなかった。
経験を職にはしないという決断ではあったものの、何かしら役立てたいとは思っていた。自信をもって依拠できるものが他にはなかったからでもあるだろう。
結果としてこの間その知識と経験はほとんど使うことがなかった。野に下っても活用できる能力を伴っていなかったからなのだ。
これとは相補的に、喫茶店で得られた経験が満足を補って余りあった。。
カウンター越しの会話、ギャラリーの展示、ミニコンサート。
それには物語り性があった。物語りの舞台を作れた。のだと思う。
私自身が何か生産的なことが出来る、出来た訳ではないが、場を作ることは出来ただろう。
これが今感じている達成感のもとではないかと思う。
ぶれない自分には自信があったが、自らを変えられる自分をも獲得できた気がしている。

視点を変えて。
コームイン時代には、権力の末端であることを意識しようとしましたし、させられもしました。
その中にあっても、譲れない一線も意識して仕事をしてきたつもりではあったのです。
喫茶店のカウンターには、役所の施策がしばしば乗ります。
コームインの身分を離れて聞く市民と行政との関係性。
市民の側から見る行政との関わりには違和感を感じることが多くありました。
行政が市民を客体として扱うのはある意味理解できますが、市民自身が自らを客体として振舞っている、その点に歯がゆい思いを持ちました。これは東京でのコームイン時代にも感じたことですが、民間人?として浜松に来て一層意識されました。" for the people "は満ちているが" of the people "をなかなか実感できないのです。
生活や生き方の根本は行政に指図されずに掴み取って欲しい、なぁ。
そのような行動原理を市民自身が内在化させる必要があるのではないか。
モノより、カネより、ココロの獲得が。

芸術・哲学
ギャラリーを構え、ミニコンサートの場ともなったことから、美術音楽分野の方々とお話しをする機会が多く持てました。門外漢の私には新鮮でした。
去年の年収が今年は保証されない生き方を選択している方々だと意識させられました。もちろん教室を持ったり教職についたりしている方々も少なくありませんし、別の定職に就いている方もいらっしゃいます。それでもそのココロは、実績に保証された活動ではなく、新たな自己表現の獲得なのでしょう。そのことに自己を賭けている。年収と地位がそれなりに保全されているサラリーマンとは基本的に立ち位置が違うと思えます。
時代が行き詰まった時、次の時代を最初に指し示すのは芸術だと言われます。時代の保護に依存しようとはしていない生き方が、時代を救うことがある。
原発事故に際して、内山節、鷲田清一、の発言に注目しました。両者とも哲学者です。そして物理学徒の山本義隆も哲学が必要だと。
数多くの科学者の発言よりも説得力がありました。
しばらくはこちらの分野の晴読雨読で消化酵素を増やしたいと心しています。

お友達が二人続けて総理大臣になった時、ブログにはしゃいだ記事を書きました。
http://umi-kaze.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-e8a2.html
その後はその話題を持ち出すのがはばかられる雰囲気があり避けていました。
二人の物理学徒には、政治を科学にするだろうと期待しましたが逆に弾き飛ばされてしまいました。
ドイツでは物理学徒のメルケルさんが頑張っているのに。

西洋では著名な芸術家が変革期の国家を指導した例がいくつかありますね。
芸術の果たす役割、それを引き受ける芸術家、それを支える国民。
日本でも、工業大学卒よりも、芸術大学卒に国を委ねる決断をしたいです。
願いを、想いを、形にするデザイン力を芸術家は持っていると信じます。

属性
冒頭に肩書きのない身分での年賀状となったことに気づかされています。
大野嘉章@無職、あるいは大野嘉章@年金生活者、とすべきでしょうか。
堂々とそう書けないのは、世間体を気にしているからかも知れません。
名刺がないのは不安なので、肩書きのない名刺を作りました。

余談
年末に、最後の湖風情報として「湖風が終わった」をお送りしました。
http://umi-kaze.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-604f.html
これを読まれた何人かから、以前に書いた「練馬は終わった」との関連でコメントをいただきました。
http://umi-kaze.cocolog-nifty.com/blog/files/owatta.pdf

次が終わる前にまたお会いできることを期待しています。

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