最高裁判決を聞いて(その1)
最高裁判決を身近に感じました。
この判例変更を大きな感慨を持って受け止めました。
私自身の軌跡とも関わるので少し詳しく書きます。
2008/9/10、最高裁は、土地区画整理事業の事業計画決定に関して処分性を認め、訴訟の対象にする、という判決を下した。42年ぶりの判例変更となった。
この判決が出るまでは、事業計画決定は行政内部の決定であり、地権者が争うことが出来ない(訴えの利益を認めない)とされてきた。事業計画決定後は建築制限など様々な土地利用制限が課されるが、これは法律上争うことのできる不利益ではない(反射的不利益)とされてきた。事業が概成した時点でなされる仮換地指定や換地処分を争え、というものだった。
法律的に間違いのないように説明しようとすると、かなり馴染みのない用語を使わなくてはならないし、専門外である私の任ではない。
くだいて言えば
行政の事業は、構想、計画、事業計画、個別の手続、と段階を追って進む
そのプロセスに違法があると判断した住民は、どの段階で争うことが出来るか、という問題であり
従来は、個別の手続は争えるが、その前段階は行政内部の青写真を作る作業のようなものだから、住民からの争いの対象にはならない
とされていた。
その前提として、行政には行政なりの理由があるが、行政は原則として誤らないという前提があり、各段階で住民の争いを認めていたら、効率的な行政が出来ないという認識がある。
しかし、現実的に行政は誤ることがある。誤りは早い段階で正された方が無用なコストを発生させないで済む。
また、争わせないとされた段階では、行政は民意を離れて暴走しやすくなるし、恣意的な行政判断が通りやすくなってしまう。
行政はとかく情報を秘密にしたがる。住民が行政に問い質すと「まだ何も決まっていません」と答え、ある日突然「もう既に決まったことですから」との答えに変わることはしばしばだ。更に決まったことですら争われる心配がない(訴えの利益を認めない)と行政が過剰に保護されれば、住民への説明責任を放棄し、行政のし放題ということは起こりうることだ。現に多くの住民-行政間の紛争はそこに起因し、問題を徒に大きくしている。
アメリカのような訴訟社会になると、訴訟対応コストが異常に大きくなって社会の健全な発展を損なうという懸念もあるだろう。
しかし、日本では余りに訴えの利益が狭く扱われてきた。特に行政訴訟に対して。これはお上にたてつくことは悪という気風に支えられていただろう。
人々の価値観が多様化している、時代の価値観が転換を迫られている、そんな時代を迎える中で、行政の選択も早い段階で議論や争いを回避せず、各段階で合意形成を確認しつつ進めるルートを通った方が結果として安定した行政行為になる筈だ。
最近の司法改革も、争うことは悪いことという日本的な気風から、争いと積極的に向き合いこれを収める術を獲得することで社会の安定に寄与していこうとの意図が読み取れる。
出てしまうと、出るべくして出た最高裁判決とも思えるが、そう言ってしまうと新聞の社説的になってしまう。この明かりを点す作業の意味について考察をしておきたい。このために一連のメモを書く。
私自身がかつてこの訴訟と同じ枠組みの訴訟を闘って、旧最高裁判例に従った一審、二審で敗れたという経験を持っている。特に、昭和50年代の10年間は前住地である東京池袋での区画整理に対する住民運動「池袋北地区の環境を守る会」に精力を投入し、自分の人生の中での一つのエポックとなった出来事だった。
今回の最高裁判決は、浜松市上島駅周辺土地区画整理事業に関してなされた。私はたまたま転居先の浜松でこの判決を聞いたのだから、まさしく江戸の敵を浜松で、となり感慨を深くした訳だ。
以下、続く。


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